戦略戦術詳解

研究会著
東京 兵事雑誌社
明治四十四年八月〜十一月

第七十四章 諸表

戦争ノ開始、宣戦、布告、最後ノ通牒(第一巻戦争開始ノ補説)

 古代ニ於テハ戦争開始ノ為メニハ通常儀式的ノ宣戦ヲナスヲ要セリ特ニ其内ニハ正義ノ戦争ナル意義ヲ付加スルヲ礼トセリ中古ニ於ケル私戦時代ニハ形式的ニ親交ヲ破断スル旨ノ通牒ヲナセリ近世ニ於テモ尚ホ宣戦ヲ用イhスシテ開戦セシ多数ノ場合ノ外、亦形式的宣戦ヲナセシコトアリ英国ノ博士Maurice氏ハ其著書中ニ一七〇〇年乃至一八七〇年間ニ於テ宣戦ヲ用ヒスシテ開戦セシコト一〇七回ニ及ヒシト云フ。

近時ノ実験ニ徴スレハ開戦ノ為メニハ必スシモ宣戦ヲ要セス蓋シ古代ニ於テ必要トセシ宣戦ノ原因ハ今日ニ於テハ外交関係及通信機関ノ発達ニヨリ開戦ノ予告ナシト雖モ戦争開始ニ至ルヘキ情態ハ之ヲ察知スルコト難カラサルヲ以テナリ唯タ一ノ疑問アリ曰ク現今ニ於テハ戦争開始セラルヽ時ハ諸種ノ関係ニ就キ重大ナル影響ヲ中立国ニ及スヲ以テ何等カノ手段ヲ以テ宣戦ヲナスヲ要セサルヤ換言スレハ戦争ノ破裂ト共ニ中立国ハ諸種ノ義務ヲ負担セサル可ラサルニ至ル故ニ開戦ノ時日ハ重要ナル関係ヲ有スルヲ以テナリ此ノ明瞭、適切ナル顧慮ト共ニ実際ノ事実ニ付帯スル法理上ノ理由アリ曰ク吾人ハ今日戦争ヲ以テ権利関係ノ事件トナセリ即チ之ヲ承認セシ締盟国ニ対シ開戦ノ理由ヲ宣言スルハ亦自ラ其義務ナリトス。

 最近時ニ至ル迄テ戦争ノ状態ハ概シテ相対向スル軍事行動ノ事実ニ依リ成立セシト雖モ是ニヨリ宣戦ノ意思ヲ全然現ハサヽルニアラス何トナレハ交戦国ハ開戦ノ原因ニ就テ自国臣民或ハ第三国若クハ列国ニ布告或ハ通知ヲナスヲ例トセシヲ以テナリ。

開戦ノ為メニハ近来ハ亦所謂最後ノ通牒(外交代表者ノ召喚ト併用シテ)ヲ以テ万一ノ場合ニ於ケル宣戦ノ意味ニ用ユルヲ例トセリ、最後ノ通牒トハ侵害セラレ若クハ侵害セラレタリト主張スル国家カ対手国ニ対スル最後ノ提案ニシテ一定ノ期日内ニ対手国ノ回答ヲ要求スルモノトス若シ其回答ナキカ又ハ満足ナル回答ヲ得サルトキハ該通牒ヲ発シタル国家ハ自由行動ヲ採リ得ル前提条件ヲ得タルモノトス。

    注意  一八六六年六月十五日「ビスマルク」ハ最後ノ通牒ヲ「ヘッセン」「ハノーヴァー」及「ザクセン」ニ送リ二十四時間ノ猶予ヲ与ヘ回答ヲ促シタリ又日露戦争ノ際ハ日本ハ満韓問題ニ就キ露国ト交渉スルコト数箇月ニ及フモ要領ヲ得サルヲ以テ一九〇四年二月五日露国駐剳栗野公使ニ電命ヲ与ヘ露国政府ニ対シ日露協商ニ関スル談判ヲ断絶シ帝国政府ハ自衛ノ為メ並ニ帝国ノ権利々益ヲ擁護スル為メ最良ト思惟スル独立行動ヲ採ルノ権利ヲ保留スル旨ノ最後ノ通牒ヲ露国ニ致サシメ同時ニ外交関係ヲ断絶スル旨ノ通告ヲナサシメタリ。
 前述ノ理由ニヨリ古代ニ於テハ道徳的観念ノ影響ニ依リ慣例トナリ近世ニ至ル迄各個ノ場合ニ実施セラレシ所ノモノハ今日ニ於テハ列国ノ共同条約ニ依リ是ヲ規定スルコトノ緊要トナリシコトヲ知ルヘシ万国々際法学会ハ近世ノ権利状態カ頗ル不確実ノ地位ニアリ及之ヲ排除スルコトハ国際法ノ任務ナル旨ヲ言明セリ此ノ事ハ一九〇七年ノ海牙平和会議ノ条約第三ニヨリ成立スルニ至レリ同条約ニヨレハ敵対行為ハ明瞭ナル理由ヲ附シタル宣戦若クハ条件付キ開戦ノ宣言ヲ含ム最後ノ通牒ナクテハ開始ス可ラサルコトヲ原則トスルモノナリト言フヲ得ヘシ又戦争状態ハ中立国ニ通知スヘキモノニシテ其通知(或ハ電報)カ到達シテヨリ以後有効ナリトス然レトモ中立国カ実際戦争状態ノ存在ヲ知ルコト明瞭ナル時ハ中立国ハ通知ナキノ故ヲ以テ戦争状態ノ効果ノ及ハサルコトヲ主張スルヲ得ス但シ此ノ規定ハ単ニ本条約ヲ締結セシ国家ノミニ有効ナリトス其他ノ国家ハ此ノ条約ニ加入スルコトヲ得ルモ之カ為メニハ締盟各国ノ承認ヲ経タル後、始メテ有効トナルモノトス又此ノ締盟ヨリ脱スル国家アリシトキハ其効力ハ単ニ当該国ノミニ及ヒ其他ノ国家ニハ関係ナキモノトス。

戦争ノ終結、平和締結ナクシテノ終結(第一巻補説)

単ニ武力ニ依テノミ排除シ得ル所ノ紛争ニ起因スル戦争ノ情態ニ顧ル時ハ(其原因ノ性質如何ニ拘ハラス)其終結ノ為メニハ亦精神上及有形上ノ原因ヨリ生スル交戦者ノ意思ノ形式的行為ヲ為スコトハ適当ナル方法ナリトス此ノ意思ノ形式的行為ヲ称シテ平和締結ト言ヒ常ニ採用セラルヽ方法ナリ。

 以上ノ外平和締結ナクシテ戦争ヲ終結スル二ツノ場合アリ。

 敵対行為ノ中止 平和情態ヲ回復シ以テ特別ナル戦争関係ヲ終結セシムル為メノ意思ノ最後ノ表彰ナリ。

 制勝即チ狭義ノ意味ニ於ケル征服 照射ノ戦勝ノ結果ハ敗者ノ国際的主格ノ地位ヲ排除シ以テ国際社会ニ於ケル其意思ノ行為ヲ不可能ナラシム従テ此ノ場合ニ於テハ一般ニ平和条約ナルモノ成立スルヲ得サルナリ。

人民戦ハ敵対行為ノ中止ニヨリ或ハ専ラ国内事件ノ性質ヲ有スル条約ニ依リ或ハ国家ニ対スル敵対運動ノ撲滅ニ依リ終結スルモノナリ。

平和締結ニ依ル戦争ノ終結(第一巻補説)

戦争終結ノ為メノ普通ノ方法ハ平和条約ノ締結ナリ即チ両交戦国ノ合意的意思ノ宣言ニ依ツテ紛争ニ最後ノ解決ヲ与ヘ以テ此ノ紛争ノ為メニ惹起シタル戦争ニ終局ヲ告ケシムルナリ。

平和締結ノ主唱者タルモノハ交戦国ノ一方或ハ他方トス然レトモ亦中立国ヨリコノ主唱ヲナスコトヲ得、平和締結ノ動機タルモノハ種々ナリトス、紛争事件カ始メヨリ明瞭ナル時ハ戦争ノ目的モ亦予メ明瞭ナリトス故ニ目的ヲ達成シ若クハ敵対行為ヲ継続スルモ目的ノ達成不可能ナルヲ予想セラルヽ時ハ通常戦争ノ終局ノ動機タルモノトス是ニ反シテ戦争ノ原因カ一定ノ紛争事件或ハ一定ノ要求ニ付帯セサル政治上ノ利益ノ衝突ニ在ル時ハ其戦争目的ヲ達成セラレタルモノト認定シ得ル時期(状態)ヲ定ムルコト甚タ困難ナリトス、第三国カ平和ノ利益ニ関係ナキ時ハ敵対行為ノ終結ノ為メニハ一ニ戦勝国ノ政治上及軍事上ノ関係ニ基ク意思ニ依リ決定セラルヽモノトス。

   

石原光将 ISHIHARA Mitsumasa