戦略戦術詳解

研究会著
東京 兵事雑誌社
明治四十四年八月〜十一月

第一巻 第一章 戦争

戦争ノ定義

戦争トハ一国ニ対シ其国是ヲ貫徹シ若クハ之ヲ保持スル為メニユル威力動作ニシテ我意志ヲ実行スル最後ノ手段ナリ。

従テ戦争ハ外交政略ノ継続ニシテ邦国ノ生存ヲ保ツ為メ権利ヲ主張シ之ヲ対手国ニ認メシムル為ノ威圧手段ナリ。

戦争ハ又単ニ国ト国トノ威力手的制圧手段ニアラスシテ一邦国内ニ起ルコトナキニアラス即チ一部ノ国民カ邦国ノ主権即チ政権ヲ争フ為メ兵器ヲ執ツテ主権者若クハ政府ニ反抗シ主権者或ハ政府カ兵力ヲ以テ之ヲ鎮圧セントスル場合是レナリ、前者ハ外戦ト称スルヲ得ヘク後者ハ内戦ト称スヘキモノナリ。

公法上ノ戦争

戦争ハ国家ト国家トノ関係ナリ此外ニ戦争ハ如何ナル意義ヲ有スヘキモノニモ国家ト国家トノ関係タルコト明ナリ。

交戦国ノ一方ハ対手国ノ臣民ニ対シ之ヲ敵国ト合一シテ取扱ヒ得ル関係ヲ有ス。

交戦国民間ニハ直接対敵ノ関係ナシ此意味ニ於テ戦争ハ個人ト個人トノ関係ニアラスト謂イフヲ得ヘシ。

仰モ交戦権ノ主体ハ国家ト交戦団体ナリ而シテ之ヲ行使シ得ルモノハ交戦権ノ主体ヨリ適当ノ権能ヲ与ヘラレタルモノニ限ル。

交戦団体トハ従令、公使ヲ派遣シ又ハ条約ヲ締結スルコトヲ得サルモ戦闘行為ニ関シテハ独立国ト等シキ権能ヲ有スル団体ニシテ通常反乱者カ本国ヨリ独立セントスルニ方リ第三国又ハ本国ノ承認ニヨリテ成立スルモノトス。

以上ニヨリテ公法上ノ戦争ハ大略明瞭トナルヘシ。

戦争ト外交政略

前述ノ如ク国家アリ茲ニ国是アリ国是アリテ即チ政略生ス、平和ノ時ニ於テ其国是ノ貫徹ヲ期セシムルモノハ、政治的ノ智識並ニ外交術ナラン然レトモ平和的調理ヲ不可能トスルニ至ツテ其国是ノ貫徹ヲ期スルモノハ威力的手段ニ出テサルヘカラス。

殊ニ近時ノ如ク交通ノ道、開ケ各国ハ近接シテ茲ニ益々利害関係ヲ密接ナラシメ経済上ノ衝突ハ愈々激甚トナルニ於テ国家ハ又経済上ニ向テモ自己ノ優勢ヲ期待セサルヘカラス之カ為メニハ政略ヲ利用シテ其目的ヲ達セントシ其極ハ又威力ヲ以テ競争者ヲ排除スルヲ要スルニ至ル。

即チ国家ノ幸福ハ此ノ国ヲ最上位ニ在ラシメ其威力、権力、勢力等ニ向ツテ競争者ヲ有セス自己ノ欲スル所ヲ貫徹シ得ルニアリ故ニ其勢力範囲ノ拡張ハ実ニ国家ノタメ緊要無二ノコトナリトス而シテ此ノ野心ヲ満足セシムルモノハ戦争ニ於テ敵ヲ制圧スルヲ最後ノ手段トス此ノ際ニ於イテハ最終ノ威力手段ヲ探ルニ便ナル如ク政略ヲ画策スルコトアリ故ニ戦争ハ何レニシテモ政略ノ継続ニシテ只其目的ヲ達センカ為メニ使用スル手段ノ異ナルニ過キス。

従テ戦争ハ政略殊ニ外交ニ至大ノ関係ヲ有スルモノトス例ヘハ其開戦前ニ第三者ノ容啄ヲ禁止シ敵ニ援助ヲ失ハシメ我ニ之ヲ収ムルカ如キ、又ハ戦争ノ開始ニ先制ヲ占ムルカ如クシテ劈頭敵ニ大撃ヲ与フルカ如キ、或ハ交戦中ニ於テモ外国ノ同情ヲ集メ其終局ヲ完カラシムルモノ皆政略ト外交トノ力ニヨラサルヘカラス、自己ノ力ノ絶対的優勢ナラサルニ於テハ益々此ノ必要アリ以上対外ノ攻略ナリ

内国ニ向ツテモ国民ノ意向ヲ統一シ一意専念戦争ノ準備遂行ニ努メシムルハ之又対内ノ政略ニ待タサルヘカラス政略外交ノ拙劣ナルカ為メ戦争ヲ不利ナラシメタルノ実証ハ吾人歴史ヲ読ムモノヽ痛切ニ了解スル所ナリトス。

戦争ノ原因

戦争ノ原因ハ各戦争毎ニ一様ナラスト雖モ又各戦争ヲ通シ一定不変ノ原因ナキニアラス。

是ニ於テカ戦争ノ原因ニハ普通ト特殊ノ事アリ。
普通ノ原因 国民感情ノ衝突。
国民道理ノ衝突。
国民意志ノ衝突。
 
然レトモ戦争ハ国ト国トノ間ニ起ルモノト、国中ノ団体間ニ発スルモノト又諸国聯合ノ上ニ発スルモノトアル以上ハ此ノ団結ノ状態ハ之ヲ組成スル一個人ノ上ニ照シテ知ルヲ要ス、一個人ノ上ニ於テ甲乙ノ争闘不和ハ主トシテ両人ノ感情ノ相合セサルヨリ起レトモ又道理意志ノ衝突モ之ニ加ハルヤ必セリ之ヲ衆人団結ノ上ニ考フルモ其理固ヨリ同一ナリ而シテ此ノ感情、道理、意志ノ不和衝突ヲ来ス所ノ原因ニ至ツテハ即チ区々別々一規則ヲ以テ通論スヘカラス蓋シ其原因タル極メテ複雑ニシテ或ハ政治上、宗教上ヨリ起リ或ハ貿易上、工業上ヨリ起リ或ハ歴史上、人種上ノ関係等ヨリ起ルモノナリ。

従テ戦争ノ起リシ原因ニヨリ名称ヲ附スレハ左ノ数種アリ。

 一、侵略戦。
 二、宗教戦。
 三、転覆戦。
 四、種族戦。
 五、条約破毀戦。
 六、商法戦。
 七、干渉戦。
 八、国勢平均戦。

戦争ハ避クヘカラス

一個ノ動物ト雖モ其生存ヲ認メシメント欲シ自己ヲ保存セント欲ス茲ニ於テカ両者相互ニ其生存権、保存力ヲ確持シテ下ラス而シテ此ノ両者ノ両立ハ到底許サヽルニ至リ茲ニ雌雄ヲ決スルノ必要ヲ生ス。

人間ト雖モ亦之ト同シク自己保存ノ必要、生存ノ要素自己ノ認識ヲ要求ス即チ自己ニ与ヘラレタル権利ノ侵害ハ絶対的ニ之ヲ喜ハス茲ニ於テカ又互ニ譲歩セサルヘシ然レトモ個人間ニ於テハ猶ホ情義道徳アリ又他ニ第三者タル制裁力アリ故ニ情義道徳先ツ自制ヲ要求シ制裁力(法規)ハ更ニ黒白ヲ弁シ他ヲシテ是ヲ認メサルヲ得サラシム。

一家族ノ団体然リ一郷、一党ノ団体然リ。

而シテ国家ニ至ツテモ又主権ノ下ニ其利益ト威信トヲ保護スル権利ヲ有スルコト個人カ其生命、財産、名誉等ノ安固ヲ保護スルノ権利ヲ有スルニ異ナラス。

而シテ其国家ト国家トノ争議ニ至リテハ是ヲ裁断スヘキ最上無限ノ権力アラサルナリ。

故ニ此ノ葛藤ニシテ相互ノ主張ヲ曲ケサランカ終ニハ平和的手段ヲ以テ解決スルコト能ハスシテ勢ヒ之ヲ威力ニ訴フルノ止ムヲ得サルニ至ル而シテ此ノ威力ノ使用ハ是レ即チ戦争ニ外ナラス。

是レ戦争ノ避クヘカラサル所以ナリ。

世或ハ仲裁々判所ヲ設ケテ以テ戦争ヲ未発ニ防遏セントノ説アルモ最上無限ノ制圧力ヲ有セサル限リ頑然トシテ其裁判ニ服セサル者ヲ制圧スルヲ得サルナリ。

列国又平和会議ニ議員ヲ列セシムルト雖モ其議スルトコロハ戦争ノ版図ヲ縮小シ其惨害ヲ減セントスルニ止リ根本的ニ戦争ヲ避ケ得ヘシト思推スルモノナク亦之ヲ避ケシム可キ超絶無限ノ力ヲ有セサルナリ。

故ニ戦争ハ到底之ヲ避ケ得ヘキモノニアラス。

戦争ノ起ルヲ免レサルノ理由トシテハ猶ホ次ニ説明ヲ要スルモノアリ。

第一、戦争ハ生存上ノ競争ヨリ起ラサルヲ得サルナリ。

抑モ吾人ノ生存スル住居ハ此ノ地球ノ表面ヲ以テ限リトス而モ此ノ表面モ又尽ク吾人ノ住居トナスコト能ハス従テ吾人衆多ヲ容ルヽニハ少クトモ之ヲ開発シ奪取シ領有スルノ必要アリ。

吾人ニ必要ナル食物ニモ又一定ノ限量アリ故ニ一定ノモノヲ分取セントス、尽ク之ヲ充足シ得バ足ル、然ラサレハ茲ニ奪取ノ必要ヲ生ス。

其他人類ノ生活ニ必要ナル需品ヲ完全ニ充足スルニアラサレハ此ノ人類ハ滅ヒサル可カラス従テ一国ノ生命、財産ヲ確保シテ始メテ茲ニ其国土ヲ認メ得ヘシ。

第二、精神上ノ競争ヨリモ亦戦争ハ絶無ニ帰スル能ハサルナリ。

人類ハ其名利ヲ獲得スルノ愈々大ナルヲ欲スルハ自然ナリ而シテ此ノ名利ハ常ニ対者ト両立セス茲ニ於テ排他的ノ行動ヲ必要トスヘシ

第三、真理上ノ競争ヨリ社会ニ戦乱ノ跡ヲ絶ツコト能ハス吾人ノ智識如何ニ進ミ真理如何ニ明ナルトモ甲乙共ニ其真理トスル所ニ衝突ナキヲ保セス従テ茲ニ人間以外ニ向ツテソノ判決ヲ要求セサルヘカラス然レトモ神仏ハ吾人ニ最終ノ判断ヲ与フルコトナシ従テ腕力、兵力ニ訴フルノ自然結果ヲ生スヘシ。

以上ノ如クナルヲ以テ戦争ハ到底之ヲ避ケ得ヘキモノニアラス。

戦争ノ目的

戦争ノ目的ハ其貫徹セントスル意志如何ニ関スルモ常ニ対者ヲ屈従セシムルニアリ従テ自己ノ権利トシテ主張スル所ヲ対手国ニ認メシムルニアリ若シ攻略上ノ目的ニ出スレハ此ノ政略ヲ貫徹シ得レハ可ナリ。

然レトモ単ニ軍事上ヨリ論スレハ敵ヲ撲滅スレハ即チ其目的ヲ達シ得タルモノナリ故ニ敵ノ撲滅ハ絶対的ノ目的達成ナリトス対手国ノ抵抗力ヲ打破スルノ程度仮令小ナリトスルモ彼ヲシテ我要求ヲ入レシムレハ勿論其攻略的戦争目的ヲ遂ケ得ヘシ、戦争ニ於テ対者ヲ撲滅スルコトハ困難ナルヘキモ彼ヲシテ我意志ニ屈従セシムルハ困難ナラス又絶対的ニ対者ヨリ撲滅セラルヽカ如キハ其国ノ存否如何ニ関スヘキヲ以テ撲滅ヲ招カサル前多クハ対手国ノ要求ヲ忍容セサルヲ得サルヘシ。

攻略的目的ハ時ニ外交或ハ第三国ノ干渉ニヨリ変化スルコトアルヲ免レスト雖モ軍事的目的ヲ達成スル場合ニ於テ我発言権ハ愈々大ナルモノトス。

戦争ノ目的ハ武器ヲ以テスル攻略ノ実施ニシテ此ノ攻略ニ適応スル条件ヲ有スルハ平和ノ獲得ナリトス(独逸高等帥兵ノ原則)

戦争ノ必要

戦争ハ之ヲ避ケ得サルコト前述ノ如シ而シテ戦争ハ惨酷ニシテ害毒ヲ流スコトアリト雖モ亦一面ニハ之カ必要ヲ見ルモノナリ。

モルトケガ「戦争ハ夫ノ人間ニ布ケル大典中ソノ個条ノ眼目ナリ」ト喝破シ「此ノ眼目ノ個条アツテ茲ニ人間ノ至徳ヲ生ス」トナシ更ニ「勇、断、義、報公、兵士ノ笑ツテ死スルノ至徳ハ実ニ戦争ノ賜」トナシ「人間ニシテ戦争ナカランカ世界ハ即チ死灰トナリ乾土トナリ唯物論者本願ノ有ル所トナランノミ」ト絶叫セリ。

「永ク戦争ニ遠サカリ軍事ニ対スル覚悟ヲ失ヘル国民ハ精神的腐敗ニ移ルモノナリ」トノ「メツケル」ノ言モ「フヲルンスタイン」曲中ノ「戦争ハ猶ホ天変ノ如シ恐ルヘシト雖モ亦美ナリ」トノ言モ「戦争ハ猶ホ激雷ノ如シ」ト云ヘル「ブルーメ」ノ言モ皆戦争ノ謳歌ナリ。

戦争ハ実ニ防腐剤ナリ、清涼剤ナリ国民ヲシテ新進、気鋭ナラシムルモノハ戦争ナリ。

我日本国ヲシテ今日アラシメタルハ日清三十三年ノ事変、及最近ノ日露戦争ナリ。平和ハ人民ヲ倦怠セシメ老衰セシムルモノナリ故ニ平和ノ永続セル国民ハ衰亡ヲ招クヘシ。

敵国外冠ナキモノハ其国恒ニ滅フトハ即チ平和ニ与フル刺激ノ必要ヲ述ベタルモノナリ。

戦争ノ開始

戦争開始ニ関シ公法上ノ議論ハ極メテ区々ナリ論者ニヨリ実践(戦闘)ノ日ヨリ戦時トスルモノト、布告ト共ニ戦時トナスモノトアリ。

然レトモ今日ノ与論ハ戦争ニハ必スシモ宣言ヲ必要トセス日清戦争ノ如キハ其法理上ノ開始ハ宣戦布告ノ前ナリト認メラル従テ宣戦ハ開戦ノ説明書ニ過キス。

然レトモ亦宣戦布告カ実戦ヨリ前ニ行ハレタル場合アリトセハ勿論此ノ宣言ト共ニ戦争ハ開始セラレタリト見ルヲ至当トス。

第七十四章にこの戦争開始・終結に関する補説あり。石原注。

戦争ト戦闘ノ区分

前述ノ如キ戦争中ニハ直接敵ニ対シ兵器ノ効力ヲ顕ハシ輸羸ヲ決スルノ動作ヲ生スヘシ。

之ヲ称シテ戦闘ト云フ故ニ戦争ハ政略ノ継続ニシテ邦国カ自己ノ生存ヲ保ツタメ権利ヲ主張スル最後ノ手段ニシテ戦闘ハ戦争中ニ於ケル直接ノ抗闘ナリ。

戦争力(戦争ノ要素)

戦争ニ於テ我カ意志ヲ貫徹スルハ威力ヲ用フルニ在リ、而シテ此ノ要素ニハ有形的ト無形的トノ二大別アリ。

有形的要素トハ人馬資材(装備、兵器、城塞、軍艦、軍需諸物等)ニシテ無形的要素トハ精神力及知力、教育、編成等ナリ。

無形的要素ノ戦闘ニ偉大ノ関係アルコトハ今更喋々スルヲ要セス。

愛国心ニ富ミ困苦欠乏ニナレ果敢緊忍ニシテ義務ヲ重ンジ精鋭無比ナル軍隊ノ対者ヲ制圧シ得ルコトハ歴史ノ証明スル所ナリ左ニ是等戦争力ヲ表示セン。
無形的
戦闘力
和同 服従。
親愛。
熱情
明察(判断)。
智慮
謀略(計画)。
正義
勇気 勇猛。
果断。
耐忍
有形的
戦争力
間接 動員力及動員法。
資程ノ補充力。
製造、修理力。
国境、及地勢。
運輸通信、交通力運搬。
直接 兵器戦
艦城塞
員数。
素質。
人馬 員数。
素質。
教養。
法規。
編成。
制度。
組織。
装備。
 
然レトモ前述ノ如ク其無形上ノ戦争力ハ到底単簡ニ対比スルヲ得ス従テ直接平時ヨリ準備シ得ヘキ事件、物件ヲ指シテ戦争力ト云フコトアリ従テ如斯戦争力中主幹ヲナスモノハ国軍ナリトス。
国軍 陸軍兵力== 陸地ニ於ケル戦争ニ用フヘキ人馬材料ヲ軍事的ニ編合セル団結ナリ。
海軍兵力== 艦隊トハ海上ニ於ケル、戦争ノ為メ軍艦、水雷艇又時トシテ武装シタル船舶ヲ軍事的ニ編合セル団結ナリ。
時トシテ陸戦ニ用ユル為メ海軍兵力ヲ使用スルトキハ之ヲ陸戦隊ト云フ。
 

 以上ノ二力ハ個々別々ニ動作スルコトアリ互ニ相援助スルコトアリト雖モ戦争力ノ中堅ヲナスニ於テハ何等ノ変化ナシ。

以上ノ如クナルヲ以テ兵力ハ即チ単ニ人員馬匹ノ員数ノミヲ云フニアラスシテ却テ員数及其素質、価値即チ軍事価値ヲ併セ称スルモノナリ従テ有形、無形ノ要素ヲ含有ス。

平時兵力ヲ単ニ兵数ノ如ク称スル所以ノモノハ無形上ノ価値ヲ同一視スルカ或ハ既ニ其無形的価値ニ就テハ一定ノ標準ヲ得タル後ナルヲ以テ最モ比較ニ便ナル兵数ヲ称スルモノナリト雖モ是レ厳格ナル意味ニ於テハ至当ナラス従テ兵力優勢トノ本来ノ意味タルヤ有形、無形上優勢ナル軍隊ヲ称スルモノナリトス。

軍隊ノ精練

軍隊ノ精練トハ次ノ諸要素ヲ有スルモノヲ云フ。

 一、軍隊ヲ組織スル物料(人馬ヲ材料等ノ)物質的優秀。
 二、精神的素質ノ優秀。
 三、教育訓練ノ優秀。
 四、軍紀ノ厳粛。
 五、編成、組織、経理、給養等ノ優勢。
 六、戦闘ニ優勢ナル経験ヲ有スルコト。

以上ノ如クナリト雖モ其主ナルモノハ軍隊ヲ組成スル人員ニアリ而モ人員ノ精神、智識、体力ニアリ而シテ此ノ三者ノ中、精神ヲ以テ第一トナス。

軍紀

軍紀ハ軍隊集団ノ精神ナリ故ニ茲ニ述フルノ無益ナラサルヲ信ス、軍紀ハ従来至当ニ解釈セラレタルモノナシ之ヲ解釈スルニハ群集ノ心理ヨリ述ヘサルヘカラス軍紀トハ軍隊ノ各分子ヲ軍事的ニ統一シ且ツ之ヲ最大威力アル集団トシテ活動セシムル要素ナリ今之ヲ左ニ表示スヘシ。
軍紀 一、 各自ノ精神的
及物質的健全
自己ヲ処スル精神 人格ノ高尚


ニ於ケル軍人的要素ノ具備
身体ノ健全
二、 集団ノ目的ヲ
完フスル精神
同僚ニ対スル精神 親愛、扶助、尊敬。
協同一致
下級者ニ対スル精神 扶助、礼儀。
同隊心、慈愛、誘導。
三、 集団ヲ同一目的
ニ活動セシムル
統帥者ヲ認容シ
之ニ対スル精神
上官ニ対スル精神 服従 尊敬。
推重 信任。
四、 集団ヲ尊重
スル精神
軍隊外ノ人ニ対スル精神 謹慎 持重。
温和 威厳。
  
軍紀ハ以上ノ如ク群集ノ心理ノ弱点ヲ矯正シテ其団体建設ノ目的ヲ完成セシメ此ノ活動力ヲ大ナラシムルモノナリ。

以上ノ着眼ヨリ見レハ古来諸家ノ説ハ頗ル不十分ナルヲ知ルヘシ。

軍紀ノ精神、以上ノ如クナレハ自己ヲ忘レテ服従スヘク自己ヲ犠牲トシテ活動スヘク又軍隊ノ名誉ニ対シ生命ヲ捨テ得ヘシ、協同動作モ服従モ軍紀中ノ一部ナリ従テ軍隊ノ兵卒ニハ次ノ相反セル要求アリ。

 一、個人トシテノ活動。
 二、軍隊トシテノ活動。

是レナリ「ウオロネツキ」ノ二個ノ人格ヲ兵士ニ要求ストハ此ノ半面ヲ説キタルモノナリ、軍紀アル軍人ハ此ノ両方面ニ於テ活動力ヲ有スルモノトス。

主将

衆ヲ統轄スルカ為メ須要ナル資質ハ意志ナリ夫レ児童ト雖モ其意志ヲ開陳シ得ル者ハ郡衆ノ長トナルコト往々児戯中ニ於テ吾人ノ認知スル所ナリ是レ一部ノ児輩ハ便利ナルノ故ヲ以テ此ノ児長ニ服従シ他ノ一部ノ児輩ハ自己ニ信任ヲ措ク能ハサルノ故ヲ以テ是レニ服従スルニ外ナラス。

故ニ将タル者モ其意志ヲ衆ニ感得セシムルヲ得、而シテ衆ハ是レ命是レ従フカ為メ頸ヲ伸ヘテ此ノ命ノ下ランコトヲ待ツニ至レハ自然ニ安静ノ情ヲ生ス此ノ情ヲ生スレハ其勇気ヲ増加シ其将ノ命スル所何事ヲモ為サヽルナク水火、白刃亦避ケサルニ至ルヘシ。

夫レ一将ノ意志厳重確実ナレハ必ス自己ニ信任ヲ措クノ念アルヘシ此ノ自信ノ念ハ則チ是レ衆ニ異ナル性質ナリトス、将タル者ハ此ノ特別ノ性質ナカルヘカラス最高等ノ才智ハ世間ニ多シ陸軍ニ於テハ才智ハ次位タリ才智アルカ為メニ事物ヲ過慮シ危険駁撃ヲ予察シ自己ニ信任ヲ措ク能ハスンハ成功ノ敵タル疑心ヲ生スルニ至ル。

明智ノ輩ハ最善ノ方便ヲ求メントシテ長久ノ時間ヲ費ヤシ而シテ当サニ為ス可キコトヲ好機会ニ乗シテ為スノ急務ナルヲ忘却ス。

経験ニ富ミ明察果断ナル者大ケレハ智量莫大ナルハ固ヨリ疑ヲ容レサル所ナリ然レトモ衆多ノ智者ヲ集ムルハ即チ諸般ノ弱点ヲ精密ニ査出シ凡ソ企ツル事一トシテ危険アラサルナキヲ証明スルノ外、他ニ成績ナキ者ナリ従テ首将ノ意志ヲ動カシ之ヲ不定カラシムルノ害アルノミ。

一人責ニ任スルモノアレハ衆人何等ノ顧慮ヲモ為ス事ナク危険中ニ投入スヘシ然レトモ人ノ責任ヲ負担スルヤ勇敢ナル者忽チ変シテ怯懦トナルヘシ蓋シ責任アレハ不幸ニ陥リタル場合ニ於テ失錯ノ責ヲ免レサルヲ以テ左視右顧スレハナリ。

勇気ハ主将ノ具備スルヲ必要トスル高尚ナル精神ヨリ発生ス此ノ高尚ナル精神アレハ其人物ヲ高クシ求メスシテ凡人ノ上ニ首将タラシム、此ノ精神ハ生マレナカラニシテ之ヲ得ルアリ或ハ千辛萬苦シテ之ヲ得ルアリ之ヲ得レハ禍福ヲ軽ンシ如何ナル不幸ニ際会スルモ自若トシテ恐レス不当ノ告訴ヲ受クルモ衆人ヨリ名誉ヲ毀損スルノ批評ヲ受クルモ強者ヨリ虐待セラレ忌嫌セラルヽモ能ク之ニ堪ユルニ至ル。

此ノ高尚ナル精神ハ博学ナルヨリ出ツルコトアリ蓋シ学識博クシテ萬般ノ事ニ明達スルトキハ克ク自己ノ就去ニ就テ自己ヲ信シ得レハナリ。

「クローズウイツ」氏ハ堅固ナル精神ヲ形容シテ曰ク「之レ啻ニ重大ナル決断ヲ取リ得ルノミナラス之ヲ取リタル以上ハ如何ナル障碍アルモ其明察、確志、定論ノ作用ヲ逞シクスルヲ得ヘシ」ト。

現今ノ戦闘ニ於ケル首将ハ自己ノ知ラサルコトニ就テ責任ヲ負フコト多シ、戦場ノ広大ナル、形態ノ不明ナル、情報ノ不備ナルニ関セス謀略ヲ決定セサルヲ得サルヲ以テ暗中模索ノ感ナクンハアラス従テ首将ハ其名誉、其安全、其生命ヲモ賭シテ毅然タルヘキヲ強イラルヽモノトス。

真ノ大望ト云フハ外面ノ利益ヲ求ムルヲ云フニ非ス、萬死ヲ出テヽ一生ヲ得、其自己ノ生存ヲ萬世ニ認知セシメントスル観念ナリトス。

此ノ起動力ハ意志ヲシテ活動セシムルモノナリ若シ此ノ起動力無カリセハ意志アリテ最初ハ威勢熾ンニ振フト雖モ漸次消失スルヤ必セリ是レ善良ナル資質ヲ具備スル人物ノ初メ盛ニシテ後、衰ヘ終ニソノ名ヲ為シ得サルニ終ル所以ナリ。

首将ハ最モ甚シキ艱難ヲ感スルハ不幸ノ日ニアリ故ニ首将ハ凡百ノ艱難辛苦ニ克ク堪ヘ得ル非凡ノ資性ヲ具備スルヲ要ス性質ノ強剛ナル者モ一旦其望ミヲ遂ゲ得サレハ平素ノ沈着、思慮、忍耐ヲ失フコトアリ。

軍ニ将タル者ニ須要ナル其他ノ資質中特別ニ注意スヘキモノハ先見アリ担力アリ深謀アリ而シテ亦警戒アルヲ要ス、亦堅忍不抜些少ノ楽世観ヲ具備スルヲ要ス而シテ集合心理ニ通暁スルコトハ軍ニ将タル者ノ極メテ必要ナルハ人ノ知ル所ナリ、軍隊ハ心理上ノ影響ヲ感スルコト無限ニシテ其精神ノ旺盛ナルト、萎靡スルトニ由リテ軍威ノ振フコトアリ或ハ然ラサルコトアルヘシ。

災害ニ逢フテ勇気ヲ沮喪シ信任ヲ減殺スルコトアリ、瑣細ノ勝利ニヨリテ兵気ヲ作与シ勇気ヲ回復スルコトアリ、同一兵団ニシテ時機ニヨリ感覚ニ異同アルカ為メ其得ル所ノ成績モ亦随テ同シカラス某ノ事ハ某日ニ烈シク感シ同一事件モ他日ニハマツタク感セサルコトアリ。

蓋シ将卒一致合体シ、部下各兵能ク首将ノ意ヲ体認シ良将ノ下ニアルヲ自信シテ疑惑ナク以テ其命ヲ待ツニ至ツテ始メテ一団ノ猛火トナリ一塊ノ弾丸トナリ得ルナリ故ニ首将ノ恃ム所ハ兵団ニアラスシテ人気ナリ。

自己ノ人気ヲ以テ軍隊ヲ動カシ、感応セシムル程度ヲ知ラサルヘカラス克ク下情ニ通スト云フハ独リ其組織、編成等ニ止マラスシテ其部下ノ心理状態ニ通スルヲ云フ茲ニ於テカ群集心理ノ方面ヨリ最モ合同シ得ヘキ素質アル者ヲ以テ一兵団トナシ是ニ此ノ兵団ニ適スル首将ヲ有スルヲ以テ利トスルコトハ明瞭ナリ。

之ヲ小ニシテハ人ヲ知ルト云フモ之ヲ大ニシテハ即チ軍隊ヲ知ルニアリ而シテ一人ヲ知ルハ比較的易キモ群衆ヲ知ルハ難シ、知テ而シテ之ニ処スルノ道ヲ講スルハ首将ノ必ス当ニ為サヽルヘカラサル所ナリトス。

首将ノ備フヘキ資質中ニ猶ホ必要ノモノ在リ想像是ナリ志気錬磨ノ方法ハ決シテ学科教育ノ如ク容易ナルモノニアラス、部下ヲシテ名誉心、功名心ヲ惹起セシメ能ク之ヲ成就セシムルモノハ此ノ想像ノ力ナリ、軽薄ナル想像ハ害アリ危険アルハ勿論ナルモ過去ノ過験ニヨリテ其後来ヲ想像シ現在ニヨリテ過去ヲ想像シ正当ナル理解ヲナシ得サルニアラス、戦史中文飾ヲ以テ事実ヲ誇張ニセシ事ヲ観破シ其実況ノ研究ヲ容易ナラシムルモ想像ナリ、経験ノ真理ヲ審明ナラシムルモ亦想像ナリ、地図ヲ活物ノ読マシメ学理ヲ実際的ナラシムルモ想像ノ功ヲ待ツ、首将ハ機ニ投シテ其想像ヲ活用スルカ為メ間断ナク之ヲ使役シ之ヲ存蓄セサルヘカラス、想像ハ実ニ進歩ノ母ナリ、事物ノ改良進化スルハ実ニ想像ノ賜ナリ、政治家ハ最大多数ノ幸福ヲ思ヒテ種々ノ政策ヲ施ス如ク首将ハ勝利ヲ得ルカ為メニ千々ニ想ヲ労ス、発明ノ初メハ想像ニ起リ、改善ノ導火ハ想像ナリ然カモ想像ノ効能ハ慧敏明晰ナル悟性ノ協力ヲ得、確実豊富ナル経験ノ材料ヲ有スル場合ニ限ルコトヲ忘ルヘカラス。

若シ夫レ慧敏明晰ナル悟性ノ協力ヲ得ルナク確実豊富ナル経験ノ材料ヲ有スルナクシテ徒ラニ想像ヲノミ是レ逞フスルトキハ所謂空理、空想、空論ニ陥リ其害実ニ計ルヘカラス。

此ノ他心意ハ想像ノ扶助ニヨリテ事物ヲ修飾シ或ハ汚損ス、甲者ハ吾人ノ願望ニシテ乙者ハ吾人ノ嫌忌スル所トナルヲ以テ想像ハ亦間接ニ意志ノ方面ニ影響ヲ及ホスモノト云ヒ得ヘク之レニヨリ首将ハ部下ノ想像ヲ支配スルコトヲ得テ事物、人物ノ好悪、褒貶、取捨、撰択悉ク思フマヽナラシムルヲ得ヘク随テ亦部下ノ意志ヲ左右スルコトヲ得ルノ利アルヘシ。

記憶ハ人之ニ重キヲ置カス然レトモ「ナポレオン」ハ記憶ニ乏シキ才子ハ家具ナキ美室、守兵ナキ堅城ニ譬ヘタリ、智識ノ発達ノ良否ハ記憶力ノ良否ニヨリテ測定スルヲ得ヘシ記憶ハ観念活動ノ根本ニシテ材料供給者タリ従ツテ此ノ記憶ヲ材料トシテ応用ヲナサハ其得ル所ハ蓋シ甚大ナルヘシ若シ能ク心理的理法ニヨリ記憶力ヲ用ユルトキハ一方ニ於テハ材料ノ豊富ヲ来タシ同時ニ他方ニ於テハ自然ニ心意一般ノ能力ヲ強大ナラシム而已ナラス此ノ記憶ヲ利用シ群衆ヲ操縦シ得ヘキ場合極メテ多キニ於テオヤ殊ニ人名ノ記憶、人物ノ記憶、事跡ノ記憶、員数地理等ノ記憶ハ首将ノ為メ緊要ナルハ今更喋々ヲ用セサルナリ。

首将ニ必要ナル資質ハ創造心則チ発明心ナリ蓋シ次テ起ル所ノモノ悉ク前已ニ経験セル所若クハ学ヒタル所ヲ以テ律シ得サレハナリ従テ曾テ用ヒタル方便ヲ其儘再ヒ用ユルカ如キ場合甚タ多カラサルヘシ故ニ伝説上ノ方法ヲ棄テ自由自在ニ取捨セシムルモノハ此ノ発明心ナリ、方法手段ヲ案出セシムルモノモ亦此ノ発明心ナリ我将之ヲ備ヘ敵将之ヲ備ヘサレハ此ノ一資質ノミニ於テモ我将ヲ彼ニ優ルトスルニ足ルヘシ之ニヨリテ我ハ亦敵ノ意表ニ出テ得ヘキナリ。

此ノ発明心ト意志ト大望ト廉恥心トヲ加フル時ハ働作ノ精力(勉強)ヲ生ス、勉強、努力ノ成功ヲ招ク素質ナルハ云フ迄モナシ如何ニ智識ニ富ミ学問ニ豊富ナルモ之ヲ具体的ニ実現スヘキ精力ナクンハ決シテ成功ヲ来シ得サルナリ故ニ無尽蔵ナル精力ヲ以テ其目的ニ突進スルヲ必要トス。

無尽蔵ナル精力ハ之ヲ強壮ナル体力ト熾烈大ナル心力ニ俟タサルヘカラス。

故ニ首将ハ壮健ニシテ疲労ニ屈セサルコトヲ以テ一大要素トス。

健全ナル精神ハ健全ナル身体ニ宿リ、清明ナル気分ハ病体中ニ蔵シ得サルナリ。

帖木耳ノ兵書中ニハ首将ニ欠ク可カラサル資質ヲ次ノ事ニ帰セリ曰ク。

高貴ノ家ニ生レ精神ノ高尚ナル事、叡智、権謀、大胆、勇猛、慎重、決断、警戒、堅忍、深慮ト。
「オノサンドル」ハ将軍タラン者ハ左ノ要素ヲ必要トスト云ヘリ曰ク。
肉体上ノ快楽ヲ断チ沈着、節倹、勉強ニシテ明智大度アリ壮年ニシテ用心、深密一家ノ父成ル可クハ良家ノ父ナルヲ要スト。
然レトモ斯ノ如キ将ハ一「タース」ノ将ノミ歴山[言豈]撒菲哩特力拿破倫ノ如キハ此ノ類ノ将ニハ非サリシナリ。

河上注
帖木耳 ティムール
歴山 アレクサンドロス大王(マケドニア)
[言豈]撒 カエサル(ローマ)
菲哩特力 フリードリヒ大王(ドイツ)
拿破倫 ナポレオン一世(フランス)


衆ニ卓絶セル数多ノ資質ヲ具備スル首将ハ又能ク人心ヲ得ルニ寛仁ノ長者ナルカ如シ然レトモ「フリトリツヒ」「ナポレオン」ハ之ヲ仁者ト言ヒ得ヘキカ。

苛酷ノ行ヒ無ク冷静ナラスシテ其志ヲ発表スルコトハ蓋シ甚タ稀ナルヘシ、戦闘ハ軍隊ヲ駆テ死地ニ入ラシム之ヲ平然トシテ忍フハ苛酷ナリ然レトモ苛酷ナルカ故ニ命令ヲ履行セシメ得ルナリ、戦勝ヲ期シ得ルナリ誰カ心中深ク感激シ哀傷セサル者アラン然レトモ是レ哀傷ヲ口ニスヘキノ時ニアラス仁慈ニ抗シテ戦闘ノ目的ヲ貫徹スヘキノ時タリ。

誰カ首将ナルカ故ニ人命ヲ軽ンシ人ヲ殺スヲ厭ハスト言フ者アランヤ此ノ場合ニ於ケル首将ハ性ト理トノ争闘場ナリ情ニ制セラルヽ時ハ戦勝ノ道ヲ失フ此ノ苦衷ヲ包蔵シ冷然ト立ツノ将ヲ目シテ木石ノ如キ無情トナスハ誤ナリ。

首将慈悲深クシテ傷者ヲ憐恤シ哀情ニ制セラレ戦場ニ長ク逡巡滞在シタランニハ自己モ又情中ノ人ト化シ去ラン。

即チ不撓不屈ナルト外見上無感覚ナルカ如キ性質トハ戦場ニ立ツ者ノ欠クヘカラサル特性ナリ首将カ其意ヲ曲クルコトハ決シテ宥恕スヘカラサル過失ナリ偶然周囲ニ生スル状態ノ影響ヲ棄却シテ必要ノ独立ヲ維持スルコトハ将帥ノタメニ容易ナラス将帥ハ常ニ周囲ノ状態ニ対シ客観的判断ヲ維持スルコト偶然聞知セル事項ニモ亦特ニ目撃セル強大ナル感情ニモ自己ノ智力ヨリ過大ノ権力ヲ許サヽルコト而シテ平然タル活眼ヲ以テ実際ノ事項ノミヲ信シ百般ノ能力ヲ等シク明瞭ニ偏頗ナク斟酌スルヲ要ス。

「ナポレオン」ノ欲スル事一トシテ成ラサルナキハ是レ実ニ彼レカ精神ヲ凝シテ事ニ着手セルト凡ソ成功ニ有益ナル手段ハ一トシテ尽サヽルコトナカリシトハ之カ主因ナラン彼レ曾テ謂ヘリ戦闘ノ前ニ於テ予ハ予ノ兵数ヲ十分ナリト思ヒタルコトナシ故ニ予ハ常ニ出来得ル丈ケノ兵ヲ予ノ許ニ召集セリト。

此ノ語中ニハ各般ノ事業ニ応用スヘキ深奥ナル意義ノ含蓄セラルヽヲ知ルヘシ乃チアラユル手段ヲ応用シタル後、始メテ事ノ成功ヲ期スルコト是ナリ熱心欠乏スルトキハ手段ヲ応用スルニ十分ナラス乃チ不成功ヲ見ルナリ、事ニ不決断ナルハ乃チ蹉跌ヲ招ク所以ナリ然レトモ多クハ此ノ差異ノ存在スルヲ知ラス実際ヲ穿テル「チエール」ノ言ニ依ルニ(群衆ノ眼識ニ依ルトキハ霊妙ナル考慮ト関係トノ差異ハ唯タ事ノ成ルト否トニ在リ、事、成功セハ之ヲ企画シタル考慮ハ霊妙ナリトシ事、成功セサレハ賤ムヘキ奸計ト謂フナリ即チ「敬服スヘキモノト、嗤笑スヘキモノノ間隔ハ只一歩ノミ)「トラゴミロフ」将軍ノ軍事雑記中ノ一節ニ云ヘルアリ凡ソ人ヲ感動シ、人心ヲ収攬シ又必要ノ場合ニ於テ人ヲ威嚇スルノ術ハ「ナポレオン」ノ右ニ出スル者ナシ始メ彼ニ対シテ敵意ヲ懐ケル者モ初会見ノ後、満腔ノ友誼ヲ表シタル者鮮シトセス又控所ニテ虚威ヲ示シ他人ノ卑屈ヲ憤慨シタル人ニシテ一度彼ト会見セハ直ニ自ラ卑屈トナリ彼ノ意ニ従ヒタル者モ又少カラス彼ハ自ラ之ヲ認メスシテ一種ノ催眠術家タリシナリ而シテ彼レカ之ヲ行ヘル方法ニ至リテハ世間伝フル所極メテ少ナシト)。

太公曰ク将ニ五材十過アリ所謂五材トハ勇智仁信忠ナリ、所謂十過トハ勇アリテ死ヲ軽ンスル者、急ニシテ心速カナル者、貧ニシテ利ヲ好ム者、仁ニシテ人ニ忍ヒサル者、智ニシテ心怯ナル者、信ニシテ一人ヲ信スルヲ喜フ者、廉潔ニシテ人ヲ愛セサル者、智ニシテ心緩ナル者、剛毅ニシテ自ラ用ユル者、懦ニシテ人ニ仁スルヲ喜フ者、是ナリ(六韜論将篇)。

 将ハ智信仁勇厳ナリ(孫子始計篇)。

 将ノ慎ム所ノモノ五アリ一ニ曰ク理、二ニ曰ク備、三ニ曰ク果、四ニ曰ク戒、五ニ曰ク約、理トハ衆ヲ治ルコト寡ヲ治ルカ如ク、備トハモンヲ出ツルヤ敵ヲ見ル如ク、果トハ敵ニ臨ンテ生ヲ懐ハス、戒トハ克ツト雖モ戦ヲ始メシ時ノ如ク、約トハ法令省ニシテ煩ナラサルヲ云フ(呉子論将篇)

将帥ト其補助官

将官「モルトケ」ノ司令部ニ於テハ半ヶ年間以上全戦役中決シテ一名タモ不平ヲ鳴ラス者ナカリキ是レ素ヨリ其編成ノ良好ナルヲ証スルモノナリト雖モ特ニ首座ニアル偉人ノ力ニ依ラスンハアラス彼カ精神ノ抜群ナルハ競争ノ為メニ余地ヲ許サス彼カ義務ニ忠実ナルコト、勤務ニ厳格ナルコト要求心ナキコト及ヒ利己主義ナキコト、最モ困難ナル状況ニ在ツテスラ瞬時タモ消滅セサル最モ重ンスヘキ沈着心、忍耐シ難キ言スラ決シテ其話頭ヨリ出シメサル人心ハ彼カ幕僚ニ大ナル影響ヲ及ホシタルナリ。

非常ナル時機ニ於テ此ノ如キ偉人ノ補佐タルヘキハ幸福ナリ且ツ名誉ナリ故ニ各々献身的ニ義務ヲ尽クシ些細ノ感情ヲ圧却シテ其品位ヲ完フセリ此ノ趣旨ニ於ケル「モルトケ」ノ精神ハ「モルトケ」ノ司令部ニ行ナハレタリ。

本営ニ於ケル作業及ヒ共同生活ノ幸福ナル情態ハ実戦ノ良好ナル経過ト秘密トノ関係ヲ有スルコト是ナリ蓋シ此ノ幸福ナル情態ハ良好ナル経過ヲ来スヘキ条件ニシテ其好果ハ司令部中ノ生活ニ反応スルモノトス、指令部員相互ノ間並ニ将帥及ヒ幕僚官ニ良好ノ状態ヲ有スヘキ最モ確実ナル基礎ハ平時ノ共同作業ヨリ生セル相互ノ同情タルヤ疑ナシ故ニ実戦ニ於テ将帥ハ既ニ平時ニ己ノ補佐タルヘキ者ト絶エス勤務上ノ連繋ヲ取ラサルヘカラス此ノ際将帥ヲシテ自ラ其補佐官ヲ選ハシムルハ常ニ尤モ良好ナリトス。

参謀長ト将帥トハ性質相反スル者ヲ用ユヘシトノ論ハ一考ヲ要ス何トナレハ斯ノ如キハ直ニ衝突ヲ来シ易ク其結果ハ指令部内ニ止マラス軍隊ニ向ツテ流布スルニ至レハナリ。

軍隊ハ将帥ト幕僚トヲ目シテ戦況ノ善悪ヲ指示スル晴雨計ノ如キ感ヲ有ス故ニ一言一行ト雖モ勿諸ニ附スヘカラサルナリ。

将帥カ幕僚ノ許ニ早ク好愛心ヲ得ヘキハ各人ニ独立ヲ許スニアリ少クモ之カ状ヲ装フニアリ蓋シ自ラ事ニ当ルノ感覚ハ各人ノ意志ヲ発揚シ自己ノ責任ハ精神ヲ鼓舞シ之ヲ明敏ナラシムルヲ以テナリ。

将帥ハ部下ノ指令部員カ将帥ノ威厳ニ対シ責ニ任スルト同様外部ニ対シテハ該部員ヲ代表シ之ヲ保護セサルヘカラス。

決然タル時機ニ挫折セサル堅固ナル感覚ハ補佐官ヲシテ好ンテ動作セシム、現在スル総テノ人員ヲ利用セントセハ正当ニ之ニ業務ヲ分担セシメ其作業ヲ周到ニ熟考シテ整定スルニアリ。

然ラサレハ其負担ニ過重、過軽ヲ生シ事務ノ不進捗ハ勿論不満足ト不愉快トヲ産出シ是等ノ波動ハ適々外部ヘ伝播スヘシ、将帥ノ慣習及ヒ特性即チ其天賦ノ才能ハ其本営ニ於テ為スヘキ作業中常ニ関係ヲ及ホスヘシト雖モ如何ナル関係モ勤務ノ進捗ヨリ必ス第二位ニ置カサルヘカラス。

司令部ノ努力ハ全軍ニ利益ヲ与フルニアリ、幕僚ノ努力ヲ或程度迄要求スルハ将帥ノ必要トスル所ナリ、幕僚ノ倫安ハ全ク真面目ノ危険ヲ来スヘシ人ノ特性ハ甚シク寛大ノ恩典ニ浴セル者カ毫モ此ノ事ヲ感謝セサルヲ常トス唯タ目的ナキ疲労ニ向ツテ愛措スルヲ要スルコト勿論ナリトス。

幕僚トシテ尊重スヘキ性質ハ自己ノ不本意ナルコトアルモ一旦将帥ノ採決シタル以上ハ全力ヲ之ニ傾注シ己ヲ虚フシテ茲ニ死力ヲ致スニアリ、故ニ功名心ヲ抑ヘ感情ヲ制シ誠意精神事ヲ画籌スルニアリ。

将帥ト軍隊

此ノ関係ヲ学理上説明スルハ至難ナリト雖モ殊ニ重要ナルハ将帥其人ヨリ及ホス影響ナリトス。

将帥ト軍トノ間ニハ精神上ノ連繋ナルモノアリ此ノ連繋ハ其性質一種特別ノモノニシテ国民一般ノ気風、教育、生活、物質上及社会上ノ地位、遺伝、感化等ニヨリテ現ルヽモノトス。

従テ軍ニハ軍ノ精神アリ将帥タルモノハ之ト和セサルヘカラス外部ヨリスル手段即チ人ヲ感動セシムヘキ熱心ナル演説、人目ヲ眩マスヘキ現出、赫々タル功績、非難シ難キ勇気ノ証明等ハ軍ノ感情ニ背反スルヤ直チニ其効力ヲ失フ之ニ反シ外見上ニ現レサル事項ニシテ志気上至大ノ勢力ヲ有スルコト屡々アリ。

将帥ハ特ニ部下ノ信用ヲ得ルコト肝要ナリ彼ハ恰モ船中ノ舵手ノ如キヲ以テ何人モ全体ノ安危ハ彼ノ手中ニ在ルノ感ヲ懐クヘシ之ニヨリ先ツ将帥ハ将来遂行シ得ヘカラサルニ至ル事項ニ着手スルヲ自ラ戒ムヘキハ当然ナリ。

実戦ニ於テ好果ヲ得ヘキハ必然成就スヘシトナス確信ニアリ将帥カ夫レ左右シ難キ又ハ単ニ己レカ権威ヲ弄セントスルカ如キ情態ニ混入スルコトハ何レモ軍隊ノ信用ヲ害シ、一度失ヘル信用ハ容易ニ挽回シ得サルナリ。

誠実ハ其身ヲ処スルノ手段ナリ然レトモ秘密ヲ有スル勿レトハ云ハス又身ヲ制セラレタル感動ヲモ表明セヨト云ハス。

感動ノ影響ハ極メテ大ナリトス、将帥ノ脳裡ニ消滅シタル時スラ軍隊ニハ尚ホ久シク存在スヘシ従テ将帥ハ其疑惑ヲ発表スルヲ許サス。

軍ヲシテ自己ヲ信シメント欲セハ自信力ヲ有スルカ或ハ部下ヲシテ其成功ヲ確信セシムルカニアリ。

将帥ハ部下軍隊ノ精神ヲ洞察シ其特性ニ従ヒ之ヲ操縦スルコトヲ知ラサルヘカラス。

将帥ハ軍ヲシテ自己ノ軍ハ勇猛ナリトノ自信力ヲ起コサシメサルヘカラス而シテ真ニ勇猛ナリト云フ得ヘキ経験ヲ附与セサルヘカラス。

将帥ニ対スル軍隊ノ愛顧ハ之ヲ信用ト分離ススヘカラス蓋シ列伍中ノ各兵ハ指揮官ノ不確実ト欠点トヲ恕シ得サルカ如ク自己ノ運命ハ全軍中ノ運命ニ甚シク関係アルヲ以テナリ。

軍隊ニ同情ヲ表スル将帥ノ人トナリニ由リテ軍隊ノ愛顧ハ嘗テ信用ノ度、僅少ナル将帥ニスル発起スヘシ。

愛顧ヲ最モ早ク喚起スルハ指揮官カ軍隊ト生活法ヲ等シクスルニアリ、軍隊ノ要求セル事項ニ対シ至当ノ厚遇ヲ為スニアリ。

兵卒ハ又自己ノ堪ユル困難及ヒ労苦ヲ其指揮官カ忍耐スルヲ知ラハ同情ヲ起シ盛ンニ指揮官ノ身ニ注意スヘキ感情ヲ抱クヲ常トス之ニ由ツテ生スル共同一致ノ感覚ハ特ニ困難ナル状況ニ於テ勇気、忍耐及ビ我慢ヲ増加スルモノナリ権威ハ之ヲ濫用セサル限リ信用、愛顧ヨリ一層高尚ナリ、意志ノ堅固ナル者ニ在ツテハ単ニ外部ノ手段ヲ用フルト勢力ヲ顧慮ナク使用スルトニ由リテ現出シ得ヘシト雖モ然ルトキハ之ヲ永続シ得ルコト稀ナリ。

権威ハ一瞬時タモ之カ拒絶ニ遭遇スルカ如キ弱点ヲ示スヲ許サス。

軍讖ニ曰ク軍井未タ達セス将渇ヲ言ハス軍幕末タ弁セス将倦ヲ言ハス軍竈未タ炊カス将飢ヲ言ハス、冬装ヲ服セス夏扇ヲ操ラス雨降レドモ蓋ヲ張ラス是ヲ礼将ト云フ之ニヨリテ安ク之ニヨリテ危フシ(三畧)。

人ノ己ニ服スルニ威服アリ信服アリ、威服ハ其人ノ有スル権威ヲ恐ルヨリ初マル故ニ其人ノ権威行ハレサルニ至ツテ破ル、義服ハ下級者ノ義務心ヨリ服従スルモノナリ真ニ義務心ニ富ム者ニシテ初メテ克ク之ヲ望ミ得ヘシ、信服ニ至ツテハ然ラス之レ其ノ人格ニ服スルナリ義務心ナキ者モ権威ヲ恐レサル者モ克ク之レニ服従ス故ニ信服ヲ以テ第一トス。

将帥ト下級指揮官

現今ノ作戦法ハ分離セシ軍隊カ克ク共同ノ目的ニ一致シテ交戦スルニヨリテ其効果ヲ望ミ得ルヘシ故ニ比較的大部分ヲ指揮スル数多ノ下級指揮官ノ相互ニ一致協力スルコトヲ要求セサルヘカラス自己ノ作戦ヲ行フヘキ此ノ方法ハ如何ナル関係ニ於テモ部下ノ下級指揮官ヲ信任シ得ヘキ将帥ノミ採用シ得ルモノナリ、大ナル意志ヲ有スル下級指揮官ヲ養成シ得ルハ特ニ偉大ナル英才ヲ有スル者ノ特徴トス。

吾人カ有為ノ下級指揮官ニ望ムヘキ第一ノ事項ハ確実ナル而モ犠牲心アル従順トス。

将帥ハ其至当ナル命令ガ十分ナル献身ト努力トヲ以テ実行セラルヘキコトヲ信スルト同様此ノ命令ノ行フヘカラサル場合ニ於テ下級指揮官ノ該命令ヲ文章ノ通リ服従セサルコトヲ信セサルヘカラス。

将帥ハ又過失即チ人間ノ弱点及ヒ誤謬ヲ一種ノ避ケ得ヘカラサルモノト考フルノ余裕ナカルヘカラス唯タ実際ノ不能、自己ノ意志ヨリ生スル悪意及過失ノミハ真ニ之ヲ観過シ得サルベシ。

第二ノ要件ハ下級指揮官ヲ平等ニ養成スルニアリ是レ蓋シ受ケタル任務ヲ平等ニ解釈セシムル為メ必要ノ事トス。

単ニ怜悧ナル学識アル指揮官ヲ各軍共ニ有スルヲ以テ足レリトセス戦争上ノ事項ニ関シテハ幾分カ同等ノ観察ヲ要スルコト少シトセス否ラサレハ動作ノ為メ一致ヲ欠クニ至ルヘシ将帥ハ部下ノ決心及ヒ判断ノ程度ヲ詳知シ任務ハ如何ニ解釈セラルヽヤヲ知ラサルヘカラス。

第三ノ要件ハ各下級指揮官カ部下ノ軍隊ニ対シ十分ノ権力ヲ有シ以テ其要求セル事項ヲナサシメ得ルニアリ、軍隊ヲ十分ニ信任シ得ルニ足ルハ独リ此ノ事ノミトス蓋シ至当ノ事ヲナスヘキ良好ノ意志ハ尚ホ未タ行為ニアラサルヲ以テナリ、軍隊ノ動作ノ程度ハ之ヲ指揮スル下級指揮官ノ勢力如何ニ関スルモノトス然レトモ最良ノ軍ニアリテスラ完全無欠ノ同等ナル下級指揮官ヲ有スルコト能ハサルヘシ蓋シ天賦ノ気質、才能ハ之ヲ禁制スルヲ得ス又之ヲ養成スルヲ得サレハナリ。

故ニ将帥ハ部下ノ下級指揮官ヲ其人格ノ如何ニ従ヒ之ヲ至当ニ使用スルコトヲ知ラサルヘカラス然レトモ将帥ハ適材ヲ適所ニ発見シ得サルニ、例ヘハ困難ナル任務ヲ課スヘキ処ニ之ヲ最モ能ク尽シ得ヘキ指揮官ヲ有シ得サルコト屡々アリ然レトモ大単位ノ司令官ヲ絶エス変更スルコトハ今日、軍ノ全機関ト一致スル能ハサルヘシ。

又将帥ノ為メ必要ナルハ部下指揮官ノ中、一ノ者カ有スル独立心ト他ノ者カ有スル服従心トヲ至当ニ応用スルニアリ即チ甲ハ成ルヘク先制ト独立ノ決心ニ基ク動作トヲ要スル任務ニ、乙ハ之ヲ自己ノ麾下ニ置キ以テ後ニ至リ其甲ノ専権ナルカ為メニ必要ナル所ニ之ヲ使用スヘシ。

下級指揮官ノ性質及ヒ能力如何ヲ顧慮スルコトハ常ニ作戦ノ処置ニ大ナル影響ヲ及ホスヘシ而シテ指揮官愈々有為ノ人タルニ従ヒ其影響ハ益々大ナルヘシ斯ノ如キ指揮官ノ欠乏スルコトハ全戦役ヲ遂行スヘキ方法ヲ定ムルニ少カラサル影響ヲ来タサヽルヘカラス。

将、慮ナケレハ謀士去リ、将、勇ナケレハ士卒恐ル、将、妄ニ動ケハ軍重カラス、将、怒ヲ遷セハ一軍懼ル又曰ク慮ヤ勇ヤ将ノ重スル所、動ヤ怒ヤ将ノ用ユル所、此ノ四ツノモノハ将ノ明誡ナリ(三畧)。

夫レ主将ノ法ハ務メテ英雄ノ心ヲ攬ルニアリ有効ヲ賞禄シ志ヲ衆ニ通ス故ニ衆ト好ヲ同クス成ラスト云フコトナシ、衆ト悪ヲ同シクス傾カスト云フコトナシ軍讖ニ曰ク柔、能ク剛ヲ制シ弱、能ク強ニ勝柔ハ徳ナリ剛ハ賊ナリ弱ハ人ノ助クル所、強ハ人ノ怨ム所、柔モ設クル所アリ剛モ施ス所アリ弱モ用ユル所アリ強モ加フル所アリ(三略)。

   

石原光将 ISHIHARA Mitsumasa