戦略戦術詳解

研究会著
東京 兵事雑誌社
明治四十四年八月〜十一月

第一巻 第二章 戦争ノ攻勢及守勢

戦争ノ攻勢ト守勢トノ区別

攻勢トハ進ンテ敵ニ衝突スルコトヲ求ムル態勢ヲ云ヒ、防勢トハ敵ノ前進ヲ阻支スル態勢ヲ云フ。

攻勢ハ自己ノ境界ヲ超ヘテ対手国ノ軍ヲ進撃スルニアリ従テ謀勢ハ自国又ハ保護国ニ敵ノ進入ヲ防クカ為メ一地方ニ止マリテ敵ヲ待ツモノナリ然レトモ両国境ヲ接セサル限リハ戦争ハ対手国内ニ於テ行ハルヽモノト限ラス時トシテ第三者ノ国内ニ於テ行ハルヽコトアリ。

此ノ場合ニ於テハ双方攻勢ヲ取リテ茲ニ相衝突スルモノトス、是レ素ヨリ公法上不当ナルコト明瞭ナルモ第三者ニシテ之ヲ絶対ニ制止スルノ威力ナキニ於テハ之ヲ如何トモスル能ハサルヘク第三者以外ノ列国モ亦以上ノ場合ニ於テハ之ニ干渉シテ制止セシムル如キ力ヲ公法上ヨリ付与セラレサルナリ。

攻勢ハ双方ヨリ之ヲ探ルコトアルモ其衝突後ニ於テハ攻勢ト守勢トニ別ルヽヲ常トス。

攻勢的戦争ト攻勢的戦闘、守勢的戦争ト守勢的戦闘

攻勢的戦争 多クハ
攻勢的戦闘。
時ニ
守勢的戦闘。
守勢的戦争 多クハ
守勢的戦闘。
時ニ
攻勢的戦闘。
 
攻勢的戦争ナルカ故ニ必ス攻勢的戦闘ヲ行フトハ限ラス蓋シ攻勢的戦争ヲ行フ軍隊モ敵ト会スルニ及ヒテ守勢的戦闘ヲ取ルコトアレハナリ。

攻守ノ形ハ場所ト時ト境遇トニ随テ返還シ屡々彼我其所ヲ易フヘシ是レ蓋シ敵ヲ制圧スルノ最終目標ヲ達成スル最良唯一ノ道ヲ講スルヲ要スレハナリ。

攻勢的戦争(戦略上ノ攻勢)ノ利

   全国民ト軍隊トノ士気旺盛ナリ、敵ノ一部隊ト雖モ先ツ之ヲ撃破シテ敵国ニ侵入スルニ於テ殊ニ然リ。
   攻者ハ常ニ先制ノ利ヲ有ス故ニ我ハ其欲スル方法、時機、地点ニ於テ欲スル兵力ヲ使用スルヲ得。

即チ我ニハ行動撰択ノ余地アルモ対者ニハ之ナク却テ不安ノ念ヲ生シ疑惑ヲ倶ヒ兵力ヲ分裂スル恐レアルモノトス。

   攻者ハ敵国ノ資糧ヲ利用スルノ便ヲ有シ且ツ自国ヲシテ戦争ノ負担ヲ減セシメ得。
 四  防勢ニ至ツテハ敵ヲ防支シ得タルニ止マルモ攻勢ニアリテハ勝利ヲ得レハ敵ヲ圧倒シ得ヘク或ハ敵国ノ一部ヲ占領シテ之ヲ掌握シ直接ノ利益ヲ享受シ或ハ将来ニ対スル威力ト発言権トヲ大ニシ得ヘク其結果ハ戦争目的ノ達成情極メテ有利ナリ。

攻勢的戦争ノ不利

攻勢的戦争ニモ亦不利ヲ伴ハサルニアラス其主ナルモノ左ノ如シ。

   攻撃ハ必ス運動ヲ行フヲ以テ、土地、季候等ノ影響ヲ受ケ兵員ヲ損スルコト守者ヨリモ大ナリ。
   自国ヨリ軍需品諸材料ヲ運搬セサルヘカラサルヲ持ツテ補給、衛生、給養等困難ナリ。
   連絡線ノ掩護、側面ノ警備、人民ニ対スル処置其他敵国ニアル不利ヲ免レス。
 四  根拠地、作戦戦、連絡線等ノ制限ヲ受ク。

守勢的戦争(戦略上ノ守勢)ノ利

   戦地ノ地勢ヲ詳知シ且ツ容易ニ之ヲ利用シ得。
   自国要塞ノ庇護ヲ得ルノ利アリ即チ軍若シ敗績スレハ退キテ難ヲ要塞ニ避ケ又此ノ処ニ拠ツテ敵兵ヲ拒クヲ得。
   国民ノ援助ヲ得ルノ利アリ即チ国民ニ籍リテ精確ナル情報ヲ得又ハ時機ニ会シテ義勇兵ヲ用ユルヲ得。
 四  倉庫及補給所、修理所ト遠隔セサルヲ以テ補充給養ニ便且ツ確実ナリ。

防勢戦争ノ不利

防勢戦争ノ不利左ノ如シ。

   先制ノ利ナシ、我ガ運動ハ攻者ニ控制セラレ且ツ敵ノ策ニ陥リ易ク知ラス識ラスノ間ニ兵力ノ分離或ハ孤立ヲ来スコトアリ。
   守者ハ領域ト資源トヲ失フノ憂ヒアリ。
   守者ノ志気ハ自ラ沮喪ス。

攻守戦争ノ利害判決

以上ノ如ク一利一害アルヲ免レサルヲ以テ勿論何レニテモ勝利ヲ得ルニ適スルモノヲ選フヲ可トス然レトモ一般ニ就テ之ヲ論スレハ次ノ如ク言ヒ得ヘシ。

攻勢ハ戦争ノ精神タル志気自ラ旺盛ニシテ敵ノ心胆ヲ奪フニ足リ先制ヲ以テ彼ヲ付随者タラシメ得ルヲ以テ彼ヲ圧倒スルニ便ナリ兵力優勢ナルニ於テ殊ニ然リ故ニ戦争ノ主眼ハ攻戦ニ在リ而シテ守戦ノ如キハ唯タ萬止ムヲ得サルニ於テ採ルヘキモノナリトス

従テ戦争準備ヲ迅速ニ整ヘ自ラ強者トシテ信スルモノハ宜シク攻勢ヲ取ルヘキナリ仮令一旦守勢ニ立ツモ時機之ヲ許セハ攻勢ニ転スヘシ

   

石原光将 ISHIHARA Mitsumasa