戦略戦術詳解

研究会著
東京 兵事雑誌社
明治四十四年八月〜十一月

第一巻 第三章 用兵ノ原理

用兵ノ原理

戦役ノ為メ既ニ戦備ヲ整頓スル軍ハ能ク之ヲ運用セサルヘカラス然ラサレハ遂ニ戦役ノ目的ヲ達スル能ハス其之ヲ運用スルノ原理ハ左ノ如シ。

第一勝利ノ確実ナランコトヲ欲スレハ必ス優勢ニ頼ラサルヘカラス。

戦争ニ要スル所ノモノハ一ハ精神上ノ素質他ハ物質上ノ素質是ナリ此ノ両者相俟ツテ始テ用兵ノ能力ヲ現ハスヲ得ヘシ而シテ大捷ヲ得ント欲セハ此ノ二者ヲシテ敵ヨリ優勢ナラシメサルヘカラス。

物質ノ優勢ハ是ヲ衡定スルニ難カラス、精神上ノ素質ニ至リテハ其衡定蓋シ容易ナラス何トナレハ精神上ノ素質ハ啻ニ予定シ得サルノミナラス其変化計ラレサルモノアレハナリ故ニ精神上ノ優勢ヲ計ルハ勿論ナルモ他ノ素質即チ物質上敵ニ優ルコトハ特ニ緊要ナリ是戦地ニ於テ敵ヨリ優勢ナル兵員ヲ要スル所以ナリ。

優勢ニハ二種アリ、

絶対的優勢。
対比的優勢。
絶対的優勢トハ人口ノ夥多、軍制及編成ノ完良、国家資源ノ豊富、大軍ノ設備等総テ敵ニ優レルモノニシテ対比的優勢トハ交戦場裡ニ於テ敵ヨリ衆多ノ軍隊ヲ使用スルニヨリテ得ラル。

対比的優勢ノ獲得。

対比的優勢ヲ得ルハ勝利ヲ致スノ要訣ナリ而シテ之ヲ得ルノ方法左ノ如シ。

其一 速ニ戦備ヲ整頓シ此ニ依テ先制ノ利ヲ占メ敵ノ戦備未タ整ハサルニ乗ス

其二 大ニ時間ヲ活用ス。

其三 各個ニ敵ヲ疲労セシメ之ヲ各個ニ撃破ス。

第二軍ヲ適所ニ集合シ緩急之ニ応セシムルヲ要ス。

必要ノ点二必ス優勢ノ兵力ヲ使用セント欲セハ之ヲ其目的ニ叶フ如ク集合セシムルニアリ、必要ノ時機ニ所要ノ兵力ヲ集合シ得ザルモノハ到底対比上ノ劣勢者タルヲ免ルヽ能ハサルナリ。

然レトモ大軍ヲ過早ニ終結スルコトハ戒ムヘキ所ナリトス蓋シ之ニヨリ行動、使用、給養共ニ困難トナルヲ以テナリ之カ為メ顧慮スヘキ件次ノ如シ。

一 分進==行動及給養ノ容易且ツ迅速。
二 合撃==全力ノ使用。
即チ何処迄テ分進シ何処ニ於テ合スヘキヤハ頗ル大ナル研究ヲ要スル所ナリトス。

第三主ナル兵力ヲ敵ノ要点ニ向ツテ使用ス。

器械学ノ定則ハ其重点ヲ破壊スルコトニアリテ全体ノ破壊ヲ招キ得ルコトヲ教エ此ノ定則ハ又之ヲ戦争上ニ応用シ得ヘシ故ニ敵ヲ破ラント欲セハ其全力ヲ其重点ニ使用スヘシ。

戦争ハ彼我ノ二国互ニ二個ノ重点ヲ有スルモノニシテ一ヲ政畧ノ重点トシ、一ヲ戦略ノ重点トナス、政略ノ重点ハ一国ノ首府ニシテ戦略ノ重点ハ敵ノ位置スル最要部ナリ此ノ戦略ノ重点ヲ破壊スルニアラサレハ多クハ政略ノ重点ヲモ破壊シ得サルナリ故ニ全力ヲ使用スヘキハ先ツ敵軍ノ重点ニアリ然レトモ敵ノ重点ヲ破壊セント欲セハ須ク政略上ノ重点ヲ顧慮スヘシ例ヘハ我軍攻撃ヲ行フニアタリ敵軍ト其首府トノ連絡ヲ断絶スルニ尤モ有利ナル方向ノ敵ヲ殲滅シ又ハ之ヲ他ニ駆逐スルカ如シ。

第四兵力運用ニ当リ大ニ時間ヲ活用ス。

戦争ハ成ル可ク短時間ニ之ヲ終局スルヲ経済上有利ナリトス。

敵ノ未タ集マラサル中ニ迅速ニ之ヲ撃破シ或ハ敵ニ先チテ要点ヲ略スルカ如キハ時々時間上彼ヲ制スルモノニシテ時ハ兵力ナリ時ハ地ナリトハ蓋シ這般ノ消息ニシテ百萬ノ軍モ其使用ノ時間ヲ過タハ空シク敗潰ノ残骸タルニ過キサルコトアリ。

第五兵力ヲ運用スルニハ最モ兵員ノ愛養ニ注意スヘシ。

機ヲ見テ動キ、変ニ乗シテ奔ラント欲セハ体力ノ充実壮健ナルヲ要ス之カ為メニハ給養ヲ豊富ニシ其使用ニ注意シ無益ノ損耗減衰ヲ来サヽル如クスルヲ要ス。動作スヘキ時ニ動作スルハ可ナルモ動作スヘカラサル時ニ使役シ之ニ労役ヲ強ユルカ如キハ用兵ノ術ヲ解セサル者ト云ハサルヘカラス。

第六補給及還送ヲ敏活完全ナラシムヘシ。

常ニ新鋭ノ兵ト意気トヲ貯蓄セント欲セハ補給ヲ敏活完全ニシ常ニ十分ナル戦闘力ヲ貯ヘ不用ニシテ繋累トナルモノハ速ニ之ヲ後方ニ還送セサルヘカラス此ノ設備ニ於テ欠クル所アレハ軍隊ハ戦ハスシテ疲労スルニ至ルヘシ。

   

石原光将 ISHIHARA Mitsumasa