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三十六計
第三組 攻戦の計
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第十三計
【打草驚蛇】

(だそうきょうだ)

薮を叩いて、隠れているヘビを追い出す。ある人をこらしめて、別の人に警告する(唐代『酉陽雑俎』)→不注意なために相手に対抗措置を取られる(『水滸伝』)。偵察、あるいは反応を探るための行動。

疑以叩実、察而後動。復者、陰之媒也。 よくわからない場合には偵察し、状況を把握してから動く。偵察を繰り返すのは、隠れた敵を見つける方法である。

敵の力がまだはっきりしておらず、陰謀をたくらんでいそうなときには、まだ軽々しく進んではいけない。その先鋒を探る必要がある。孫子の兵法にもこういう。「軍の進路に険阻な地形、沼沢、水草の生える沼地、山林で覆われている土地があれば、必ず慎重に捜索すること。これは伏兵が潜んでいるところである」(孫子・行軍)


第十四計
【借屍還魂】

(しゃくしかんこん)

他人の死体を借りて霊魂を復活させる。文革中は「死んだはずの封建主義を甦らせる」という意味で否定的に使われた。

有用者、不可借。不能用者、求借。借不能用者而用之、匪我求童蒙、童蒙求我。 活気のある者は利用できない。活気のない者は援助を求めてくる。活気のない者に援助して利用するならば、自分は青二才に利用されず、青二才に自分を求めさせることになる(『易経』蒙卦)。
王朝交代のときに亡国の後裔である者を擁立したり、他人の攻撃・防衛を肩代わりしてやったりするのは、みなこの計を用いているのである。

第十五計
【調虎離山】

(ちょうこりざん)

トラをだまして山からおびき出す。敵を要害からおびき出して攻撃。『西遊記』『封神演義』などの小説類より。

待天以困之、用人以誘之。往蹙来返。 天が敵を苦しめるときを待ち、人の力を使って敵を誘い出す。こちらから攻撃してもうまくいきそうになければ、おびき出して反撃する(『易経』蹇卦)。

孫子の兵法にはこうある。「城攻めは下策である」。もし堅固なところを攻めれば、自ら敗北しにいくようなものである。敵がすでに地の利を得ていれば、その地を争ってはいけない。さらに敵に用意ができていて勢いが大きいのであれば、用意ができているのだから利益がなければ向こうから攻めてはこないし、勢力が大きいのだからこちらが天の時と人の徳を合わせて用いなければ勝てるはずがない。

漢末、羌族が数千の兵を率いてきて、虞[言羽]を陳倉の[山肴]谷でさえぎった。虞[言羽]の軍は進まず、援兵を要請し、それが到着するのを待って出発する、と発表した。羌族はこれを聞いて、今のうちに近隣の県に分散して攻めた。虞[言羽]は敵軍が分散したので、日夜道を進み、数百里も昼夜兼行した。兵士には毎日二つずつかまどを作らせ、しかもそれを日ごとに増やしていった。羌族はあえて攻撃してこなくなり、最後には大いに羌族を破ることができた。援兵が来たら出発すると言ったのは、利によって誘ったのである。日夜兼行したのは、天の時を使って的を苦しめたのである。そのかまどの数を倍増させたのは、敵を人の力によって惑わせるためであった。


第十六計
【欲擒姑縦】

(よくきんこしょう)

鳥を捕まえるためには、わざと放して脱出させておいて、気がゆるんだところを一挙に捕らえる。諸葛亮が南蛮の王である孟獲を七度捕らえて七度釈放し、心服させたという話から。『漢晋春秋』

逼則反兵。走則減勢。緊随勿迫。累其気力、消其闘志、散而後擒、兵不血刃。需、有孚、光。 迫りすぎれば兵は反撃してくる。逃げさせれば勢いも減る。追い詰めるように迫ってはならない。気力をなくさせ、闘志を消し、散り散りばらばらになってから捕らえれば、刀に血塗らずに済む。局面を緩和して敵を争いとり、敵を信服させ、投降させることは、有利である(『易経』需卦)。

この「逃げさせる」というのは、放ってしまうのではなく、追いかけつつもそれをやや緩めることである。「窮寇は追うなかれ」と孫子が言っているのもこの意味である。つまり、追わないというのは、まったく後を追わないのではなく、迫りすぎないということだ。

三国時代、武侯(諸葛亮)が南蛮王・孟獲を「七たび縦(はな)ち七たび擒(とら)え」たが、釈放しては追うことを繰り返し、次々と進軍していって、不毛の地まで至ったのである。武侯が七度放った意図は、領地の拡大と、孟獲をだしにして他の蛮族も服従させることにあったので、これは兵法のレベルではない。軍事的観点のみでいうならば、捕らえた者を釈放すべきではないのである。


第十七計
【抛磚引玉】

(ほうせんいんぎょく)

レンガを投げて、玉を引き寄せる。貴重なものを引き出す呼び物として、まず自分の粗末なものを出す。宋代の『景徳伝灯録』より。敵が食いついてきそうなエサをばらまいて誘い、敵の大切なものを出させる。

類以誘之、撃蒙也。 似たものを使って誘い出し、混乱したところを撃つ(『易経』蒙卦)。

敵を誘い出す方法はきわめて多い。最も巧妙な方法は、疑似(似ているようで似ていないもの)ではなく、類同(類似の方法)によってその惑いを強めることだ。旗・のぼりやドラ・太鼓で兵が多いように見せかけて敵を誘うのは「疑似」。老人・病人、兵糧・薪を使って敵を誘うのが「類同」である。


第十八計
【擒賊擒王】

(きんぞくきんおう)

賊を捕らえるには、まずその指導者を捕らえる。杜甫の詩「前出塞」(人を射んとせばまず馬を射よ、賊を擒えんとせばまず王を擒えよ)より。敵を壊滅させるには、敵の中枢部を叩きつぶす。

摧其堅、奪其魁、以解其体。龍戦于野、其道窮。 主力をくじき、首魁を奪えば、全体を瓦解させられる。龍が陸上で戦って身動きがとれないような状態になる(『易経』坤卦)。

攻めて勝ったからといって利益を勝ち取ったわけではない。小を取って大を残すのは、兵卒には利でも、将は疲れるだけであり、軍隊には害であり、功績としては欠けるものである。全勝していながら主力を叩けず、王を捕らえることができなければ、これは虎を放って山に帰すだけのこと。王を捕らえるには、旗やのぼりを見分けるだけではなく、その陣中の挙動を見分けるべきだ。

唐代の安史の乱のとき、将・張巡は尹子奇と戦い、すぐに反乱軍の軍営を突いて、子奇の旗のところまで迫った。軍営の中は大いに乱れ、反乱軍の将を五十人あまり斬り、兵卒を五千人あまり殺した。張巡は子奇を射ようとしたけれども、どれがそうかわからず、稲の茎を削ったもので矢を作った。それに当たった者は、張巡の矢が尽きたのだと思って喜び、子奇に駆け寄って報告した。そこで張巡は尹子奇を見分けることができ、ただちに部下の南霽雲に命じて射させた。その左目に当たり、もう少しで捕虜にできそうになった。尹子奇はすぐに軍を引いて退却した。


by ISHIHARA Mitsumasa 石原光将