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三十六計
第四組 混戦の計
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第十九計
【釜底抽薪】

(ふていちゅうしん)

釜の下にあるたきぎを取り除く。根本の問題を解決する。

不敵其力、而消其勢、兌下乾上之象。 敵の力にはかなわないときは、勢いを弱めるようにする。これは「柔よく剛を制す」という方法である(『易経』履卦)。

水が沸騰するのは、力による。それは火の力だ。燃えさかっているなら勢いは対抗できなくなる。薪は火の根源で、力の勢いであるが、燃える中にあっても薪自体は静かだから近づいても害がない。だから、相手の力が強くても、それを消すことはできるのだ。『尉繚子』には「気が満ちれば戦い、気が奪われれば逃げる」とある。気を奪う方法は、心を攻めることだ。

後漢のはじめ、呉漢が大司馬だったとき、賊が夜に漢の軍営を攻めた。軍中は驚き騒いだが、呉漢はじっと伏せたまま動かない。軍中は呉漢が動かないことを聞いて、しばらくして落ち着いた。そこで精兵を選んで夜襲をかけ、大いに敵を破ったのである。これは直接敵の勢力に当たることなく、敵勢力を消したのである。

宋の薛長儒が漢州の通判(州の監督官)であったときのこと。守衛の兵が反乱を起こして、衛門を開いて、火を放って乱入し、知州・兵馬監を殺そうと謀った。それを密告する者があり、知州・兵馬監はみなあえて逃げなかった。薛長儒は身を挺して軍営を出て、反乱兵に諭した。「汝らにもみな父母妻子があるだろう。何故にこういうことをするのか。首謀者でない者はみな離れよ」。ここで多数の兵は動かなくなった。首謀者八人(十三人ともいう)のみが門を出て逃げ、野外の村落に隠れたが、まもなく全員捕らえられた。「長儒がいなければ、城は陥落していただろう」と人々は言った。これこそ、心を攻めて気を奪う方法なのである。

また、こうも言う。敵と敵が対立しているときに乗じて、強敵の虚を突き、破ってしまえば、勝利の機会をつかめる。


第二十計
【混水摸魚】

(こんすいぼぎょ)

水を濁して魚を捕らえる。積極的に機会を作って、敵を混乱させ、それに乗じて攻撃する。出典不詳。

乗其陰乱、利其弱而無主。随、以向晦入宴息。 内部混乱に乗じて、その弱体化して主がないような状態を有効活用する。これは、夜は家に帰って休息する必要があるのと同じである(『易経』随卦)。

動乱の際には、いくつかの力が衝突する。弱者はどれが味方でどれが敵かわからなくなってしまい、敵は目を覆われてこのことに気づかないから、こちらはそこを奪い取る。『六韜』兵徴にはこうある。「全軍が何度も脅かされ、士卒は整わず、敵を過大評価して恐れ、不利なことばかりに目が向いている。互いに耳を寄せ合って、うわさが飛び交い、嘘を信じてしまう。軍令を尊重しなくなり、将軍を重んじなくなる。これが弱軍のしるしである」。

濁った水の中の魚(カモ)は、混戦のときに選び出して取るべきである。三国時代に劉備が荊州を得、西川を手に入れたのはこの方法による。


第二十一計
【金蝉脱殻】

(きんせんだっかく)

現在地にいるように見せかけつつ、もぬけのからにして脱出する。

存其形、完其勢、友不疑、敵不動。巽而止蠱。 陣形を保って、勢いも崩さないなら、友軍は疑わず、敵は動けない。そこでひそかに移動する(『易経』蠱卦)。

友軍とともに敵を撃つには、落ち着いて形勢を見よ。もしほかにも敵を見つけたら、退いて勢力を温存しなければならない。つまり、金蝉脱殻は、いたずらに逃げるものではなく、分身の法なのである。したがって、我が大軍を転進させたあとも、旗やドラはもとの陣に残しておく。そうすれば敵軍はあえて動かず、友軍も疑いをもたない。他の敵を粉砕してとって返して初めて、友軍も敵軍もこれを知る、あるいはそれでも知らないかもしれない。つまり、金蝉脱殻とは、敵に対面したとき、精鋭を抜き出して別の陣を襲うものである。


第二十二計
【関門捉賊】

(かんもんそくぞく)

門を閉ざして泥棒を捕らえる。

小敵困之。剥、不利有攸往。 弱小な敵は包囲殲滅する。追い詰められて必死で抵抗している者は、逃がしておいて深追いしたりすると不利である(『易経』剥卦)。

賊を捕らえるのに必ず門を閉じるのは、賊が逃げるのを恐れるからではなく、逃した敵が他人に利用されるのを恐れるからである。ましてや逃げた者を追ってはならない。敵の誘いがあるかもしれないからである。賊とは奇兵・遊兵であり、自軍を疲れさせようとたくらむものである。

『呉子』にいう。「死にものぐるいの賊が一人、広野に隠れたならば、千人でこれを追ったとしても、鵜の目鷹の目で調べなければならないのは追っ手側だ。なぜなら、急に出てきて自分を襲うかもしれないと恐れるからである。このため、一人が命をなげうてば、千人を恐れさせることもできるのである」(励子)

賊を追うと、もし賊に脱走の機会があれば、必ず死にものぐるいで戦うことになる。もしその退路を断つならば捕虜となるだろう。だから、小賊は必ず殲滅せよ。そうでなければ逃がしてしまうしかない。


第二十三計
【遠交近攻】

(えんこうきんこう)

遠い国とは友好的にして干渉されないようにし、近い国を攻める。戦国時代に魏の范雎の唱えた外交政策。秦はこれを採用して他の六国を滅ぼした。史記・范雎葵蔡沢列伝。

形禁勢格、利従近取、害以遠隔。上火下沢。 形勢が悪く勢いがよくないときは、近くを取るのがよく、遠隔地を攻めると害がある。考えは違っても共同することはできる(『易経』[目癸]卦)。

混戦の局面では、合従したり連衡したり、手段を選んで臨機応変に対処する中で、各々が利益を取ろうとする。遠くは攻めるべきでなく、利益によって共同すべきだ。近い国と交わると、かえって肘や脇のように近いところに異変が起こる可能性がある。

戦国時代、魏の出身で秦の相国となった范[目隹]は、遠交近攻の策略で他の六国を次々と滅ぼしたが、これは地理上の遠近を目安にしたのが明らかである。


第二十四計
【仮道伐〓】

(かどうばつかく)

他に行くように見せかけて、目的の国を撃つ。『春秋左伝』「晋、道を虞に仮りてカクを伐つ」※〓=[爪+寸+虎]=カク 周時代の国名。通過するだけでも自国領内を敵に通過させてはならない/通過を口実にして他国を攻め滅ぼす。

両大之間、敵脅以従、我仮以勢。困、有言不信。 敵と自国に挟まれている小国に敵が攻撃を仕掛けてきたら、自国も救援名目で支配下に置く。行動に出なければ、いくら言葉を発しても信じてもらえない(『易経』因卦)。
道を借りて兵を用いるという行動は、巧みな言葉でたぶらかそうと思ってもできない。このような小国の形勢では、どちらか一方の国に脅かされないとすれば、両方の国から挟撃されるだけのこと。このような状況の場合、一方の大国は必ず武力で脅しにかかるから、こちらは小国を害さないといってだまし、小国が存続を願う心理を利用すれば、速やかに勢力を拡大できる。小国は自ら布陣することもできなくなるから、戦わなくても消滅させられる。


by ISHIHARA Mitsumasa 石原光将