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百戦奇略
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81 声戦

 戦いで、声というのは虚声を上げることだ。東といって西を撃ち、あちらといってこちらを撃ち、敵がどこを備えていいかわからなくさせれば、自軍が攻める場所は敵が守らない場所ということになる。

 兵法にいう、「攻撃の優れた者は、敵がどこを守っていいかわからない」[孫子・虚実編]

82 和戦

 敵と戦うとき、必ずまず使者を派遣して和平を交渉させるべきだ。敵は許諾したといっても、言葉が矛盾していれば、その油断を見計らって、精鋭を選んで攻撃すれば、敵軍は敗れるだろう。

 兵法にいう、「約束もないのに和平を請うというのは謀略だ」[孫子・行軍編]

83 受戦

 戦いでは、もし敵が多くて自軍が少なく、急に来て自軍を包囲したとしても、兵力の大小・虚実の状況を観察して、軽率に逃げてはならない。追尾されるだけである。円陣して外に向かい、敵の包囲を受けるべきだ。逃げ道があっても、それを自ら防いで、士卒の心を固め、四方に向けて奮戦すれば、勝利を得ることができる。

 兵法にいう、「もし敵が多ければ、敵を観察して敵を受ける」(司馬法・用衆)

84 降戦

 戦うとき、もし敵が投降してきても、必ずその真偽を調べなければならない。夜明けには遠くまで斥候し、日夜備えを行ない、油断をしてはならない。厳しく細々と命令して兵を整えて待てば、勝つ。そうでなければ、敗れる。

 兵法にいう、「降伏を受けるときには、敵を受けるようにする」[旧唐書・裴行倹伝]

85 天戦

 出兵し、民衆を動かし、罪を伐ち、人民を弔おうとするときには、天の時に従うべきで、迷信の類や成り行きであってはならない。すなわち君主が暗愚で政治が乱れ、兵は驕って民は苦しみ、賢人を放逐し、無辜の民を誅殺し、干ばつ・イナゴ・氷・雹に襲われている状況に敵国があれば、兵を挙げて攻撃して勝てないわけがない。

 兵法にいう、「天の時にしたがって征討を制する」(司馬法・定爵)

86 人戦

 戦いで、人というのは、人士を推して凶兆を打破するものである。行軍の際、みみずくが旗に集まったり、杯の酒が地に代わったり、司令官の旗竿が折れたりしても、主将のみが決断できる。もし順によって逆を討ち、直によって曲を伐ち、賢によって愚を撃てば、みな疑念がなくなる。

 兵法にいう、「邪を禁じ、疑いを去れば、死に至るまで心移りがない」(孫子・九地編)

87 難戦

 将たる道は、艱難辛苦を兵たちと共有するところにある。もし危険な状況に遭っても、兵を捨てて自分だけ生き延びようとしてはならない。難局にあたって逃れることができなければ、護衛をまわして、生死をともにするのである。このようであれば、三軍の士が自分を忘れるようなことがあろうか。

 兵法にいう、「危難を見て、その兵を忘れることなし」(司馬法・定爵)

88 易戦

 攻戦の方法としては、易いところから始める。敵がもし駐屯して備えているのが数カ所あれば、必ず強弱・大小がある。その強いところを避けて弱いところを攻め、多いところを避けて少ないところを撃てば、勝たないはずがない。

 兵法にいう、「戦いに巧みな者は、勝ちやすいところで勝つ者である」[孫子・軍形編]

89 離戦

 敵と戦うとき、ひそかに隣国君臣の交わりに隙があることを知れば、間諜によってこの仲を裂くべきである。敵がもし疑いあえば、自軍は精鋭によって乗じ、必ず望むとおりの結果を得る。

 兵法にいう、「親しめば、これを離間させる」[孫子・始計編]

90 餌戦

 戦いで、餌というのは、敵兵の飲食に毒を盛ることではない。利益で誘うのをみな餌兵というのである。戦闘の際、牛馬を捨て、財物を捨て、物資を捨てていても、取ってはならない。これを取れば必ず敗れる。

 兵法にいう、「餌兵を食らうことなかれ」[孫子・軍争編]

91 疑戦

 敵と陣地を向かい合わせ、自軍が敵を襲おうとするときには、草むらに草木を集め、旗・のぼりを多く張り、人が駐屯しているように見せ、敵を東に備えさせておいて、自軍が西を撃てば、必ず勝つ。自軍が退却しようとするときには、偽って虚陣を作り、駐留地を設けて退けば、敵は必ずあえて自軍を追ってはこない。

 兵法にいう、「多くの草が多くかぶせてあるのは、偽装である」[孫子・行軍編]

92 窮戦

 戦いで、もし自軍が多く、敵が少なく、敵がこちらの軍勢をおそれ、戦わずして逃げるなら、決してこれを追ってはならない。窮まれば反撃してくる。兵を整えてゆっくりと追えば、勝つ。

 兵法にいう、「窮地の敵には迫ってはならない」[孫子・軍争編]

 

93 風戦

 敵と戦うのに、もし順風に遭えば、勢いで撃つ。逆風であれば、不意に出て突けば、勝たないはずがない。

 兵法にいう、「風が順ならば勢いでこれに乗じ、風が逆ならば、陣を堅くして待つ」(呉子・治兵)

94 雪戦

 敵と攻め合っているとき、もし雨・雪がやまなければ、敵の備えがないところをうかがって、兵を潜めて撃つべきである。敵の軍政は敗れるであろう。

 兵法にいう、「敵の戒めていないところを攻める」[孫子・九地編]

95 養戦

 敵と戦うのに、もし自軍がかつて敗れていれば、士卒の士気を調べなければならない。士気が盛んならば激励して再び戦い、士気が衰えていればしばらく鋭気を養い、使えるようになるのを待って使う。

 兵法にいう、「慎み養って疲労させてはならない。士気をあわせ、力を積め」〔?〕

96 畏戦

 敵と戦うのに、軍中におそれおじけ、太鼓でも進まず、鉦を聞く前に退却する者がいれば調べて彼らを殺し、兵を戒めるべきである。もし三軍の士がみな恐れてしまったら、誅戮を加えたり、軍の威厳を重壮にしたりしてはならない。顔色をおだやかにし、恐れる必要がないことを示し、利害を説き、死にはしないことを説明すれば、兵の心は安まっていく。

 兵法にいう、「とらえて殺戮するのは恐れることを防ぐためだ。大いに恐れているときは殺戮してはならない。おだやかに話し、生きるということを告げよ」(司馬法・厳位)

97 書戦

 敵と陣地を向き合わせているとき、兵士に家と手紙のやりとりをさせたり、親戚に行き来させたりしてはならない。おそらくは情報が一つにならず、兵たちは心を惑わせてしまうだろう。

 兵法にいう、「通信を交わせば、心に恐れが出てくる。親戚が往来すれば、心に名残が生まれる」

98 変戦

 兵法の要点は、変に応ずるところにある。いにしえを好み、兵を知り、挙動のまえには必ず敵を探る。敵に変動がなければ待つ。変化があればそれに乗じて反応すれば、勝利がある。

 兵法にいう、「敵に従って変化して勝利を得る者、これを神という」[孫子・虚実編]

99 好戦

 兵は凶器である。戦争は逆徳である。やむを得ず使うものである。国が大きく、人口が多くても、力を尽くして征伐してはならない。戦いを争って終わることがなければ、ついには敗亡し、悔いても仕方ない。しかし、兵は火のようなものである。収めなければ、まさに自らも燃える憂いがあるだろう。武をけがし、兵を苦しめれば、災いは自らにふりかかってくる。

 兵法にいう、「国が大きくても、戦争を好めば必ず亡ぶ」[司馬法・仁本]

100 忘戦

 平安でも危急を忘れず、治世で乱を忘れないのは、聖人の深い戒めである。天下にことがなくても、武を廃してはならない。配慮が及ばないところがあれば、防御できない。必ず濃くないでは文徳を修め、外に対しては武備を厳密にし、遠国を懐柔し、不慮の事態に警戒すべきである。いつも武の演習をするのは、国が戦いを忘れていないことを示すためである。戦いを忘れないためには、民に軍事訓練から離れないよう教えるのである。

 兵法にいう、「天下平らかであっても、戦争を忘れれば必ず傾く」[司馬法・仁本]


by ISHIHARA Mitsumasa 石原光将