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化学兵器概観

毒素
――生命体からの潜在的化学兵器


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毒素

情報源:化学兵器に関するFOA要旨説明本

毒素は、生命体によって作り出される効果的で明確な毒である。通常、200(ペプチド)から10万(タンパク質)の間のさまざまな分子量を持つアミノ酸鎖(タンパク質)から成り立っている。それは低分子有機化合物かもしれない。毒素は、多数の生体、例えばバクテリア、菌類、藻、植物によって作り出される。その多くは非常に有毒であり、毒性では神経ガスより数桁優れている。

毒素は、20世紀前半にすでに軍事的関心を引いていた。当時、毒素を充分に大量生産することが難しかったので、関心は弱まった。当時論じられた毒素の多くは、熱と光に敏感に不安定になり、使うには非実用的であった。アメリカ合衆国は1960年代後半に毒素計画を終わらせ、ボツリヌス菌毒素の備蓄などを破壊した。

1972年の生物毒素兵器条約は、兵器として毒素を開発・生産・備蓄することを禁止している。1925年ジュネーブ生物化学兵器利用禁止条約は、毒素に基づく兵器の使用も含んでいる。化学兵器の定義が毒素を含むので、これは化学兵器条約にも含まれる。

1970年代後半、生物工学と遺伝子技術の急速な発展があった。これは、CW剤としての毒素の脅威を再び生じさせた。現在、多くの毒素を
大量に、場合によっては組織的に作り出すことは、いっそう容易になった。遺伝子技術は、最終製品が新しい特性を得るように、例えば日光への敏感さが低くなるように毒素遺伝子を修正するように使える。

毒素研究が進むとともに、バイオレギュレーターも研究され、統合された。バイオレギュレーターは自然発生物質、通常はペプチドであり、人体の生理的活動・神経活動に参加する。これらの物質は同じく総合的に修正されることができるので、新しい特性を得ることができる。

科学と商業の発展によって、軍事目的に誤って生物工学を利用する機会が増えることになった。最近の研究では、例えば、異なった身体器官や組織を毒素の「標的とする」ことを可能にした。この新しい知識は、例えば、主に民間のがん患者治療研究から生じている。

毒素は大規模分散にはあまり適していないと考えられる。にもかかわらず、それは破壊活動、あるいは、特別に設計された投入、すなわちキーパーソンへの投入にも使うことができた。毒素は揮発性が低いので、エアゾールとして散らされ、主に吸入を通して吸収される。使いやすい新しいマイクロカプセル技術によって、散らされるときに不安定な毒素を守ることが可能になっている。

たいていの毒素はアルカリ性水溶液で不安定であり、そのために容易に標準的な無毒化方法手段によって破壊される。

少数の化学戦争剤として用いられるかもしれない毒素の例が、下にリストアップされている。たとえばフザリウム属菌から得られたマイコトキシンであるトリコテシンは、1980年代初期に東南アジアでCW剤として用いられた(「黄色い雨」)とされているが、今日、軍事的価値はない。


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バクテリア毒素

ボツリヌス菌毒素は、ボツリヌス菌によって作り出され、既知の物質のなかで最も有毒である。バクテリアは、例えば不完全に保存された食物で成長し、食中毒(ボツリヌス中毒)のひどい状態を起こす。潜伏期は1〜3日であり、その後犠牲者には胃痛、下痢、視力障害、めまい、筋肉弱体化が起こる。数日以内に窒息によって死に至らしめる呼吸器筋肉構成を含む全身麻痺が起こる。

毒素は7つの異なった形式で利用可能なタンパク質であり、最も有毒なのはタイプA(分子量=150000D)である。人間への致死量は、もし摂取されるなら約1マイクログラムであり、吸い込まれるならさらに少ないと思われる。ボツリヌス中毒に対してワクチン注射はできるが、一旦犠牲者が毒に汚染されたならば解毒剤は存在しない。ボツリヌス菌毒素は今日、商業的に作り出されており、細目その他の筋肉障害を扱うために使われている。

すべての毒素が致命的な結果を持っているわけではない。活動不能化グループに分類されるものとして、ブドウ球菌腸毒素タイプB(SEB)があり、それはブドウ球菌バクテリアによって作り出される。SEBは最も一般に食中毒の原因となる毒素である。

SEBはタンパク質(分子量=28500D)であり、水に溶けやすく、比較的安定している。数分間の煮沸や冷凍状態にも耐え、1年以上保存できる。SEB(20〜25g)にさらされた人々は、胃筋肉痙攣、下痢、嘔吐のような典型的な食中毒症状を示して数時間後に病気になる。患者は24時間以内に特別な治療なしに快復することが多い。

多くの毒素が海洋生物によって作り出される。その一つの例がサキシトキシンであり、これはあるタイプの青緑色の藻(cyanobacteria)によって合成される。これらの藻は別の貝、例えばムラサキ貝のための食物となる。ムラサキ貝自体は毒によって影響を受けないが、ムラサキ貝を食べた人間はひどい病気になるかもしれない。

サキシトキシンは神経系を襲い、麻痺させる効果を持っているが、消化管では症状を起こさない。病気の進展は非常に速く、高濃度においては15分以内に死が起こるかもしれない。人間のLD50はおよそ1mg。サキシトキシンは分子量370Dの小さい分子である。それは熱に敏感ではないが、酸素によって破壊される。

サキシトキシンは化学兵器条約の表1に含まれている。


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植物毒素

トウゴマの種は有毒なタンパク質リシンの混合物を抽出するために使える。これらの1つは、リシン遺伝子が移された大腸菌バクテリアによっても作り出された。

リシンの大量生産は比較的容易であるため、早い段階においてCW剤として重要になった。1978年、これはロンドンの「傘殺人」で使われた。ここではリシンの埋め込まれた銃弾がブルガリア人亡命者を撃つために使われたのである。リシンは現在、化学兵器条約の表1に含まれている。

リシン中毒は、体内でのタンパク質生成を妨害することから起こる。進展は遅く、血圧が低下する。死は、心失不全によってしばしば起こる。

リシンはサキシトキシンとほぼ同じ毒性を持っている。例えば、モノクロナール免疫抗体と結び付いているリシンの別形式は、肝臓の白血病とがんを治療するために今日研究されている。


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生体調節(バイオレギュレーター)

近年、バイオレギュレーターがCW剤として使われる危険性についての論議が始まった。これらのタイプの物質は毒素のグループに属さないが、その使用可能性が似ているため一括して論じられる。それは健康体で発見された痛覚遺伝子、麻酔薬、血圧への影響がある物質と密接な関係があるかもしれない。それらの特徴は、非常に低い量で活発であり、よく急速な効果を持っているということである。

この物質のグループの一例として、1マイクログラム以下の量で活発なポリペプチド(分子量=1350D)であるP物質がある。P物質は、例えば、血圧を迅速に下げ、意識不明にさせうる。


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