戦略戦術詳解

研究会著
東京 兵事雑誌社
明治四十四年八月〜十一月

第一巻 第五章 戦略及戦術(一部)

第一節 戦略及戦術ノ定義

戦略戦術ニ関スル諸家ノ説

氏名 戦術 戦略
メツケル 交戦法ヲ云フ。 用兵法ヲ云フ。
ホンデルゴルツ 帥兵学ナリ。決戦ノ為メニ施行スル諸般ノ区処ヲ網羅スルモノヲ云フ。 統帥ノ学ナリ。軍隊ヲ決戦ニ使用スル一般ノ方法ヲ云フ。
バルク 軍隊ヲ統帥スルノ学ナリ。 戦争ヲ統帥スルノ学ナリ。
ホンメルレル 戦闘ノ学ナリ。 連絡ノ学ナリ。
カール 用兵ノ術ナリ。 用兵ノ学ナリ。
グローヅウイツ 兵力ヲ戦闘ニ使用スル学ナリ。 戦争目的ノ為メニ戦闘ヲ行フ学ナリ。
チール 全軍事動作ノ範囲内ニ於テ一切ヲ応用シ及之ト相関聯スル事項ヲ云フ。 戦争ノ目的ヲ成就スル為メ戦地上ノ全軍ヲ運用スルノ学ヲ云フ。
ブルーメー 戦闘ニ於テ軍隊ヲ使用シ及戦闘ノ趣旨ニ従ヒ軍隊ノ動作ヲ規律スルニ関スル一切ノ事ヲ云フ。 戦術範囲内ニ属スルモノヲ除キ其他ニ於ケル軍隊ノ統帥ニ関スル一切ノ事ヲ云フ。
デルブリユク 戦闘ヲ為スタメ及戦闘中ニ於ケル帥兵ノ術ナリ。 戦争ノ目的ヲ達センカ為メニ戦闘ニ於ケル材料ヲ運用スル学ヲ云フ。

戦術戦略ノ交錯

以上詳解セル諸家ノ説ト雖モ詳カニ研究スルトキハ必スシモ相当ラサルモノアル又斯クノ如ク一概ニ言ヒ得サルモノアリ。

是レ諸家カ其明瞭ナル点二向ツテ命名シタルモノニシテ其微妙ナル点ニ於テハ一言之ヲ掩ヒ得サルハ当然ナリ。

従テ強ヒテ之ヲ区別スルモ大ナル利益ナカルヘシ唯タ吾人ハ言説ヲ以テ表明シ得サルモ其如何ナルモノナルカハ脳裡ニ指示シ得サルヘカラス。

既ニ戦争ト戦闘トヲ述ヘタル時ニ云ヘルカ如ク次ノ関係アルハ明ナリ。

戦争ニ関スル努力ニハ戦闘ニ関スル努力ヲ要ス。
戦闘ニ関スル努力ニハ戦争ニ関スル努力ヲ要ス。
即チ戦争ニ関スル萬般ノ努力ハ戦闘ニ関スル努力ヲ含ムヘシ而シテ又戦闘ニ関スル努力ハ戦争ニ関スル努力ヲ達シ得ルモノナル従テ前者ノ計画ハ後者ノ計画ニ及ホシ後者ノ計画ハ又前者ノ計画ニ及ホス。

故ニ一線ヲ以テ戦術戦略ヲ画スルハ頗ル難事トスル所ナリ。

戦術戦略ノ定義

以上ノ如クナルヲ以テ吾人ハ戦争、戦闘ヲ基準トシテ其判明セシ範囲ニ於テ左ノ如ク云ハント欲ス

戦術====戦闘目的ヲ達スル為メノ学即チ交戦学ナリ。
戦略====戦争目的ヲ達スル為メノ学即チ統帥ノ学ナリ。

   

石原光将 ISHIHARA Mitsumasa