軍事思想


概要

 軍事思想は、その国の軍事方針を決定する基本となるものである。各国の軍事思想の違いによって、軍そのものの形態すら変わってくることがわかる。さて、日本に「軍事思想」、いや「防衛思想」は存在しているのか? 軍事思想なき軍備は、子供の喧嘩と変わりがない。


アメリカ

「相手方を質・量ともに圧倒してゆく軍事システムを作成し、それを可能にする軍事力を建設する」

◆エア・ランド・バトル(米国陸軍野外令FM100-5)
 空と地上から敵地の後方深くまでPGM (Precision Guided Munition=精密誘導弾)を送り込み、指揮所・通信所・補給所・橋梁・戦闘車両などを一斉にピン・ポイント攻撃。
 戦闘力の基幹、C3I(指揮・統制・通信・情報)システムの破壊を狙う。

 破壊の二本柱
  ○軍事・政治体制・核部隊・通常兵器部隊の指揮中枢の破壊。
  ○潜在的軍事力を決定する産業の破壊。

 弱点
 ・相手方が分散・移動すると効力が薄れる(ソマリア、ベトナム等)。
 ・金がかかる。


ロシア

攻撃中心主義。
「防衛は攻撃のための準備行動にすぎない」
「防衛とは侵略を撃退すること」専守防衛ではない。
十二分の準備→大攻勢「速戦即決主義」

◆縦深作戦(旧)
 旧ソ連トハチェフスキー元帥による。
1「全縦深の同時制圧」
 砲兵と空軍で敵の全縦深(最前線〜後方)を同時制圧。
2「縦深突破」
 パドビージュナヤ・グルーパ(前進突破集団)が敵軍の縦深を突破。
 空挺部隊も後方へ降下して突進を助ける。

 弱点
 ・エア・ランド・バトル戦法に弱い。第1梯団を阻止中に後続第2梯団に損害。
 ・固定陣地に張りついていると一方的に打撃を受ける。→機動力が必要。

◆ロシア共和国軍「機動軍」
 縦深作戦の弱点を補うために機動力を高める。
 最深部 沿ヴォルガ・ウラル地区に設置。空輸その他で移動する。
 共和国軍参謀本部に直結。
 有事の際に出動して機動防衛を行なう。
  ・即時対応軍 空挺部隊中核、軽装
  ・緊急展開軍 戦車・砲兵・重爆撃機。重装備
 軽度紛争――即時対応軍のみ。
 強力紛争――即時対応軍(前進を遅らせる)→緊急展開軍(大打撃)


中国

政治・謀略性に重点。

蒋介石の撤退戦略
 日本軍を中国内部に引き込んで長期戦に持ち込む。


毛沢東の人民戦争論

 広大な大陸に引き入れ、人海戦術で長期戦に持ち込み、敵を疲弊させる。
 長征、朝鮮戦争の経験から出てきた。


前方防衛策

 人民戦争から、朝鮮半島で阻止する前方防衛策へ。


核戦力化

 自国内に引き込む以前に、アメリカの心臓部を叩く。
 このために核実験を繰り返している。


トウ小平の「海上多層縦深防衛戦略」

 海岸の経済特区を守る必要が出てきたため、過去の戦略は使えない。
 経済特区を守るために沖合300海里まで防衛。
 このラインを広げるために、原潜艦隊拡充。正規型航空母艦も持ちたい。


インド

全周囲防衛戦略

 全土を一歩も譲らず防衛するには大兵力が必要。
  核兵器を完全に装備。
  以下、開発中
   アグニ(IRBM=中距離弾道ミサイル)射程2500km、核弾頭搭載可
   プリトビ(短距離ミサイル)250km
   アージュン(次期主力戦車。120mm砲装備)


北朝鮮

四大軍事路線

 1962年12月、朝鮮労働党中央委員会総会で採択。
(1)全人民武装化
 予備兵力不足を補う。人海戦術。
 →労農赤衛隊(民兵)300万人常設、など。
(2)全国土要塞化
 軍事基地、軍事施設、軍需工場を地下、半地下に。
 →人民武力部(=国防省)に軍事建設局10万人。
(3)全軍幹部化
 現代戦は中隊長以下の尉官クラスの大量消耗戦となる。
 →正規軍兵士に将校としての幹部教育。
(4)全軍の近代化
 速戦即決用。
 →浮航式渡河強襲車両、自走砲などの充実。

1992年4月改正憲法
 第四章 国防
第60条 国家は軍隊と政治を政治思想的に武装させ、それを基礎として全人民の武装化全国土の要塞化全軍の幹部化全軍の近代化を基本内容とする自衛的軍事路線を貫徹する。

○万一の際は中朝国境にこもる。
 慈江道中江に「労働1号」ミサイル基地。
 慈江道江界に軍需産業集中。


イラク

「武装した商人」=アラブ人の特質。

 ・自己保存
 ・損得勘定――元手を確保
 ・交渉で粘る
 ・指導者が臆病であってはならない――負けがわかっていても戦う

 湾岸戦争はこの条件をすべて満たしていた。
 ・国土や政権は維持。
 ・最初から主力部隊は撤退
 ・交渉で最後まで粘る(むしろアメリカが裏切った)
 ・一通り戦うだけ戦い、メンツを保った
 軍事目標を達成したか否かという観点で見るなら、イラクは勝利している。

 


参考文献:松井茂『世界軍事学講座』新潮社 1996.10.25.



by 石原光将(ISHIHARA Mitsumasa)